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【コラム】変化に対応できなかった森会長

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による2月3日の女性蔑視発言は、瞬く間に世界を駆けめぐり、非難の嵐を巻き起こした。翌日の“謝罪会見”は逆効果となり、2月6、7日に行われた共同通信社の世論調査でも森氏を会長として「適任と思わない」が6割近くに達し、辞任は不可避な状況となった。

 憲法をひもとくまでもなく、心の中では何を思っていても自由であるが、政治家に限らず、誰にでも失言がこぼれ出る可能性はある。もちろん平生から物議をかもす発言を自制できれば、それに越したことはないが、重要なのは失言の後の“初動対応”である。森氏も平身低頭でただただ素直に謝っていれば、長引くコロナ禍で国民の不満や鬱憤(うっぷん)がたまっていることを差し引いたとしても、辞任にまで追い込まれることはなかったかもしれない。

 今年に入ってからも、自民党の二階俊博幹事長や麻生太郎副総理兼財務相の発言もネット上で猛烈な批判を浴びた。例えば二階氏はNHKの番組内でのコロナ対策に関する質問に「そんなケチをつけるものじゃないですよ」と言ってのけ、麻生氏は一律10万円の定額給付金の再支給に「後世の借金を増やすのか。するつもりはない」と高飛車な態度で麻生節をさく裂させた。

 森氏や二階氏、麻生氏の失言・放言はさして珍しくなく、過去の発言録をつづれば、3人分で分厚い本になるほどである。また、森氏が83歳、二階氏が81歳、麻生氏が80歳と、3人はいずれも戦前生まれの同世代でもあることから、「今も第一線で活躍する『令和のだんご三兄弟』は日本の高齢化社会を象徴している」(自民中堅議員)。

 3人にはまだ共通点がある。それはいずれも子分の面倒見がいい親分肌で、気配りにもたけていることである。自民党で派閥(ムラ)を率いることができたのも、そのためである。「遠見の富士というが、3人はむしろ正反対。遠くからは不遜に見えることもあるが、半径10メートル以内に入ったら、これほど温かみがあり、面白く、魅力的なオヤジたちはいない。心がわしづかみにされる」(閣僚経験者)という。

 しかし、皮肉なことに、そうした親分たちがそれぞれのムラ社会で絶対的に君臨してきたからこそ、側近や周辺の者たちは苦言や忠言を呈しないどころか、忖度(そんたく)に勤しんだ。親分と世論との認識のズレを補正するため、憎まれても意見する“忠臣”は今や天然記念物である。「気が付けば、『だんご三兄弟』は裸の王様になっていた」(前出の中堅議員)との見方もできる。

 根回しや事前調整によって物事が実質的に決定される「永田町文化」も、センセイたちの失言と無関係ではないかもしれない。裏舞台では多少の放言が許されることはあるし、場を和ます効用も認められるが、舞台を勘違いし、会議や記者会見、パーティーのあいさつといった公の席で言葉を間違えると命取りになる。こうしたわが国のダブルスタンダードも、抜本的な見直しに迫られている。

 ちょうど20年前、森内閣の退陣を受けて首相の座に就いた小泉純一郎氏は所信表明演説で、「この世に残る生き物は変化に対応できる生き物だ」とのダーウィンの『進化論』を引用した。この『進化論』は長らく永田町には当てはまらなかったが、今回の森氏の辞任劇を見れば、まさに遅ればせながら、センセイたちも時代の変化に対応せざるを得なくなってきている。

 残された「二兄弟」、さらには永田町全体が今後、どのように世の中の変化に対応していくのかは、楽しみでもあり、不安でもある。偶然にも、今日(2月12日)は「ダーウィンの日」である。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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