【コラム】明日は永田町のクラス替え

 新学期が始まると、クラスで席替えが行われる小学校も多い。永田町ではしばしば夏休み明けに内閣改造と自民党役員人事が行われるが、内閣から放出される者と、新たに迎え入れられる者がいるため、学校でいうところのクラス替えのようなものかもしれない。「新しい政策課題に果敢に取り組むため」との理由から、お役御免の大臣たちは泣く泣く辞表を書かせられ、それぞれの役所の玄関で大きな花束を渡されて見送られる。

 どこの組織にでも人事異動があるため、大臣が交代しても不思議ではない。だが、日本の場合、その頻度が高すぎ、大臣の平均在任期間はわずか1年となっている。他の先進国と比べても、著しく短い。かつて竹下登元首相は「歌手1年、総理2年の使い捨て」を嘆いたが、「大臣1年」は今も大きな問題である。

 頻繁な内閣改造は、戦後、吉田茂首相によって始められたという。大臣たちに力を持たせすぎず、首相の権限を維持強化するためであった。こうしたことが奏功して「ワンマン宰相」になり得たのかもしれないが、吉田流人事に基づけば、7年近くも財務相の要職に座り続けている外孫の麻生太郎氏はいかがなものかということになる。

 内閣改造は与党内における首相の求心力を高めるためにも、大きな効果を発揮している。衆院ならば当選5、6回、参院ならば3回が初入閣の目安とされ、“大臣病”にかかりやすい。今回も70人近くが鶴首して入閣を待っている。たとえ異なる派閥でも、大臣に任命してもらえれば、首相に足を向けて寝られなくなるという。初入閣であれば、なおさらである。「俺は(当時の)総理のことが好きではなかったが、恩は決して忘れない」(閣僚経験者)と感じるそうである。

 大臣の顔ぶれを代えれば新鮮さが醸し出され、内閣支持率が大きく上昇することもある。今回、小泉進次郎氏の入閣が注目されているのも、そのためである。もっとも、新内閣が発足すると、週刊誌などはこぞってスキャンダルをかぎ付けるため、大臣の大幅な入れ替えはもろ刃の剣(つるぎ)だといえなくもない。首相官邸は周到な“身体検査”を行っているが、週刊誌の情報収集はこれを上回る場合がある。今回も既に手ぐすねを引いて待っている。

 確かに頻繁な内閣改造により、たとえ短期間でも多くの与党議員が“閣下”になれる。首相の求心力や影響力も維持される。しかし、果たして1年の任期で優秀な官僚を統制し、役所で政治主導を発揮できるかは、はなはだ疑問である。むしろ官僚の描いた筋書き通りに務める大臣が多いのが現実である。官僚たちにとっての「いい大臣」とは、問題を起こさず、言われるままに動いてくれる大臣のことにほかならない。

 「適材適所」とは組閣後の首相会見で用いられる決まり文句である。「最善の布陣」との表現が使われることもある。しかし、1年で交代する・させるのを目の当たりにすれば、本当に適材適所なのか、本当に最善なのかと疑いたくなる。単に党内の不満を鎮めるための内閣改造と思えなくもない。「最善」と言うのならば、大臣にはせめて2年は務めてほしいものである。

 いよいよ明日(9月11日)、内閣改造が行われる。入閣予定者にはすでに官邸から内々に連絡済みで、モーニングに念入りにブラシをかけている頃である。一方、入閣できない議員には、派閥の領袖たちから「申し訳なかった。次の機会にまた頑張ろう」との電話が入っている。永田町には今、満面の笑みを浮かべる者と悔し涙を流している者がいる。だが、そのような情緒を抜きに、頻繁な内閣改造の是非をよく考えてみる必要があるのではないか。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治アナリスト。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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