【番外編】教育はどこへ向かうのか

 デジタル問題に詳しい中央大学国際情報学部の岡嶋裕史教授と、スマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリアの山脇智志社長が、前編後編で教育現場の問題を浮き彫りにした。番外編として教育現場の将来についての対談をお届けする。山脇氏の「メタバースには最初に学校を作るべき」という言葉の真意とは。

【前編】コロナ禍の教育現場でデジタル化はどれだけ進んだのか

【後編】教育現場、進んだ時計の針を元に戻すのか

 山脇 ZoomやWebexで受ける授業なんて面白くないですよ。リモートツールを使った授業はいいこともあるけれど、これらが完成形だなんて思えません。あくまで発展途上の形態です。

 岡嶋 情報の消費には向いている形態ですけど、他人事として動画を見つめている感じですからね。どうしても積極的に授業に参加する意識は薄くなります。

 山脇 小・中・高だと生徒側のカメラをオンにして、まだ強制的に参加の形をつくれますが、それが正しいことなのかは疑問です。

 岡嶋 確かにそうですね。大学だとそれは難しいです。権利意識もしっかりしていますし、自分の表情や部屋を映したくないですとはっきり言います。僕らはそれを強制する言葉を持ちません。

 自分が参加者の立場に立つことを考えると、強制がいいことだとも思っていないんです。ただ、顔を出さず単に講師の説明を聞いているだけだと、流し見になる方が自然ですよね。教習所で「じゃあ、ここからは動画を見てもらいます」ってやりますけど、受講生は「ああ、寝て休める時間が来たぞ」と。

 山脇 そう、だから身体性を伴ってバーチャルで教育をやりたい。テレビゲーム世代だと対応できるんですよ。自分をキャラクターとして設定して、メタな視点でそれを眺めることができる、そういう能力を一律に身につけている世代です。

 移動しながらインターネットにアクセスすることが当たり前のモバイルネイティブな世代です。「自分」が必ずしも物理的な体の自分ではないことに慣れています。

 岡嶋 世代が持っているリテラシーってありますね。キャラクターを与えられて、「これがおまえだ」って言われて、それを納得して自在に操るって、実は結構難易度が高くて意識の切り替えすら要求される作業です。いきなり言われてできるものではないのですが、Z世代あたりは普通に持っていると。

 山脇 まさにそうです。老人たちのためではなく、これからの世代のために、そうした仮想世界は存在する必要があります。その世界における最初の集合は何か。私は学校だと思います。だから、メタバースには最初に学校を作るべきなんですよ。

 私は人間の在り方はすでに変化し始めていると思います。すでに過渡期です。これまでのつながり方ではないつながりが、人と人との間に生まれている。オンライン化していくことでリアルでの価値が逆に上がるものもある。大学はリモート教育にビビっていますが、リアルでの価値に特化していけば存在価値を示すことはできるはずです。

 岡嶋 確かに存在はできるでしょうが、それは一握りのエクセレントスクールだけになるかもしれません。デジタルの価値は劣化しないコピーを迅速に低コストで世界の隅々まで配布することです。これで本当に世界は変わりました。でも、一方でオリジナルの稀少性で飯を食っていた人たちは凋落(ちょうらく)しました。CDで収入を得ていたアーティストが次々と廃業していくのを目の当たりにもしました。ネットを十全に活用して逆に収入を増やしたアーティストもいますが、一握りの覇者だけです。それが今後、大学で起こるでしょう。

 「自分が覇権を握れるはず」と自信を持つことはなかなか難しいですよ。多くの大学がデジタル化を怖がっているのは私の目からは自然に見えます。

 山脇 大学人としてのお言葉だと感じましたが、岡嶋さんとしてはそれを肯定せざるを得ないと?

 岡嶋 いえ、「リスクを回避して何も変わらない」という最大のリスクへ突き進んでいると考えています。多くの人もそれが危険なことだとは分かっていますが、同時に「すぐには破綻しない」とも思っています。「自分の定年までは大丈夫」ってやつです。

 山脇 そんなのつまらないでしょう。

 岡嶋 だから最近、転職を考えてるんですよ(笑)。もうちょっと挑戦しないと生きていることに飽きてしまいますよね。

 山脇 大学教授の価値って「人間」であることだと思うのです。言い換えれば感情があることです。例えば学生に知識を問う質問をした時に「知らない」と答えます。本当はその答えは「知らない」ではなく、「調べてない」だけなんです。彼ら彼女たちにとってもはや分身とも言える手元のスマホを使ってグーグルに聞けば何でも分かります。でも「何を知りたいか」をグーグル先生は教えてくれません。何かを知りたいという情熱や調べなきゃいけないという理由が必要で、それを提供するのが先人であり、先生と呼ばれる人なのだと思います。

 検索を重ねた先にやりたいことが生まれるわけではなく、やりたいことややらなきゃいけないことがあるから検索という手段が生きるんです。人間の先生はもっと自信を持っていいんですよ。機械にできることはわれわれがどんどん自動化するから、人にしかできないことに特化して楽に楽しいことをしてください。

 岡嶋 ずっとそう思ってるんですけどね! どうも世の中は逆の方向へ行くんですよね。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で自動化すると、「そんな楽をすると堕落する、心を失う」とか言い出す人は必ず出て、しかもそれが多数派です。そのくらいでなくなる心なら、たぶんなくしても問題ないと思うんですが、多数の人の意見って重要ですよ。IT業界にいる人には想像がつかないくらい技術を恐れている人がいて、それは人生の最初期に決まってしまって、生涯態度が変わらないんです。

 山脇 だからこそ時間をかけて、もっと合理的でしなやかに生きられる人を育てていかないと。その基盤はネットにあると思いますが、同時にネットの外で何をするのかという部分と表裏一体にある気がします。利便性の差を考えれば当たり前のことですが、今の子どもたちはネットを本当によく活用していますよ。私は漫画なんて害悪だと言っていた親世代と違い、漫画が学習にも使えるようになった世代です。今はネットがそこに置き換わってる気がします。

 岡嶋 確かに。例えば、学生さんの知識基盤がユーチューバーになっている部分はありますね。ユーチューバーの拡散する知識が彼らの知識を形づくっている。ぼく、なんでみんな「永遠と」って言うんだろうって不思議だったんですよ。「延々と」の誤用なんですが、どこで拾う知識なんだろうって。そしたら、出所はあるユーチューバーだったんです。学校教育ですり込まれる知識より、影響力があるんですよね。

 山脇 ユーチューバーの力は偉大だけれど、教育に利用するには事実確認や偏向した内容ではないかなどを確認しておく必要があります。

 繰り返しになりますが、バーチャルとリアルそれぞれの良さを最大限に引き出すのが理想です。コロナの間は極端な反転が起こって、リモートが正義、出社は悪でした。そうじゃないでしょう。誰かがリモート作業できているのは、誰かがオンサイトで働いていてくれるからです。もちろん自分のいる場所を自分で決められるのが一番いい。ただしそれが成立するための条件があることを認識はしていてほしい。だからこそ未来に向けてバーチャルでいい教育基盤を残していきたいですね。

【対談者略歴】

 山脇 智志(やまわき さとし) キャスタリア株式会社代表取締役社長。鳥取県出身。NYでの留学・就職・起業を得て日本に帰国。2006年にスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。海外の教育組織や関係者との深いネットワークを持つ。共著に「プログラミング教育が変える子どもの未来 AIの時代を生きるために親が知っておきたい4つのこと」(翔泳社)、「教養のSNS: ソーシャル時代の技術とセキュリティについて考える」(先端社会科学技術研究所刊)、訳著に「ソーシャルラーニング入門」(日経BP社刊)。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。

 岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」(光文社新書)など。

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