【後編】教育現場、進んだ時計の針を元に戻すのか

 コロナ禍で対面授業ができなかった期間が長期に及び、学生の生活や考え方にも大きな変化が現れた。デジタル問題に詳しい中央大学国際情報学部の岡嶋裕史教授と、スマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリアの山脇智志社長が、教育現場の問題を話し合った。

【前編】コロナ禍の教育現場でデジタル化はどれだけ進んだのか

 岡嶋 象徴的に思ったのは、2021年度の秋にコロナの状況が改善されたとき、大学もかなり対面の授業に戻せた時期があったんです。えらい人たちは喜んでたんですよ。これで、「きちんとした」教育に戻せる、学生たちも喜ぶだろうって。

 でも、学生さんたちは思ったほど喜ばなかったんですよね。たぶん、自宅に押し込められてた期間が1カ月だったら喜んだと思います。でも、その生活をもう1年半も続けてましたから、みんなリモートを前提として自分の生活を組み替えていました。ただ手をこまねいて我慢してたのではなく、ちゃんと適応してたんですよ。

 都心の下宿が高いなあと思えば、引き払って実家から講義を受けていましたし、ただテキストを読み上げてるだけの講義だなあと思えば、いくつかデバイスを用意して並行視聴したり倍速視聴したりしました。友だちと会えなくて寂しいなあと思えば、VR機器を使って遠隔地からでもVR睡眠を一緒にするとか、本当に工夫していました。

 賛否はあると思いますが、やってみると快適な空間で受講できるとか、周囲の目や時間帯を気にせず何回も質問できるとか、移動時間を勉強時間に充てられるとか、いいこともたくさんありました。それを急に全部対面に戻すと言われても、せっかく進んだ時計の針を巻き戻すだけです。これ以上、振り回してくれるなと言いたくなるのは道理です。

 えらい人たちは自分はあまり適応せず、コロナ明けを待っていたので、その辺の感覚が乖離(かいり)していました。

 山脇 僕は、自由こそが人間が持ちうる最大の権利だと思うんです。今、学生は自由ではない。コロナに閉じ込められています。その閉塞状況を打破するのは技術です。実際、研究や勉強はデジタル技術を駆使することで、コロナ前か、場合によってはそれを上回る水準で進めることが可能になりました。

 でも、対面でもデジタルでも、用意した器からこぼれる子はどうしても出てきてしまう。それが当たり前です。それを救うのはつながりです。家族や友だち、先生とのコミュニケーションです。ここは対面に一日の長があると思います。岡嶋さんはデジタルコミュニケーションの方が好きかもしれませんが(笑)。

 岡嶋 ぼくは人付き合いが苦手なので、デジタルを愛しています(笑)。対面の会議だと、いかに指されないかを至上命題にステルス性を磨くことに専念していますが、Zoomの会議ならわりと積極的に発言しますよ。隣の人から唾は飛んでこないし、怒られても「ぶたれることはないな」って安心じゃないですか。

 山脇 誰もぶちませんよ(笑)

 岡嶋 学生さんにもそういう子はいて、リモートの方がずっと冗舌にプレゼンしてくれるんです。あっ、今まで全然挙手しなかったけど、こんなにいろいろ考えてくれてたんだなって発見がいくつもありました。一方でデジタルに違和感を持つ子がいるというのも、よく分かるんですよ。ぼくがリアルな会話を苦手だなーと思ってるのと同じ水準で、デジタルコミュニケーションがいやだなと考える人がいるのは自然です。ぼくは人の表情を読み取るのが下手くそなのでアバターだと安心しますが、リアルな表情に触れないと安心して会話が進められない人も当然いますよね。

 山脇 そうなんです。2021年のぼくの授業は最初オンラインでした。みんなお作法として顔は出さないんです。プライバシーを意識しますから。学期の最後の方だけ、ちょっと対面の芽があったので、講義というよりは語り合いの場をつくってみたんです。そうしたら泣き始めた女の子がいたんです。久しぶりに話を聞いてもらえた、同意してもらえた、それがうれしかったそうです。

 オンラインだけではやはり寄り添うことや感動の共有に限界がある。でも、リアルなコミュニケーションはいまやぜいたく品で、今後も従前のようには望めないかもしれない。そうしたオンラインありきの社会で、どうリアルを設計していくかが重要だと思います。コロナ時代の学び方、教え方の確立が重要です。それは決して十年一日の対面授業に戻すことではありません。

 岡嶋 ぼくは社会と技術の相互関係、個人的には共犯関係と呼んでいますけど、に興味があって、その種の本をよく書いています。これは多くの人が捉えている以上に強固な関係です。例えば、絵画の世界で印象派が隆盛したのは、カメラの存在なくして語れないと思います。お互いに影響を与え合うんです。

 コロナの支配下にあったこの2年間は、技術が突出して私たちの生活様式がそこに追いついていない状態だと思います。

 山脇 そうですね、考え方が硬直している人は特に追いつけません。あ、学校と教育委員会のことを言っています(笑)。過去に依存すべきではない。過去は手がかりにはなるけど、同じことをリプレイしても意味がない。未来を目指すなら、現在に違和感を抱いても、パラレルワールドに踏み込んだようなものだと割り切って、そこに順応するしかない。価値基準のダイナミックな変化にどのくらいついていけるかが、人や組織の値打ちを決める時代になっています。

 岡嶋 後になって振り返ると、「硬直してたな」ってよく分かるんですよね。ぼくも、iPhoneが出たときに、「これは世界を変える。すべてのサービスの窓口になる可能性がある」って書いたら、「あんなおもちゃで仕事ができるものか」ってだいぶたたかれました。その時期にはそれが常識だったわけです。

 ただ、そうした傾向を差し引いても学校の現場は硬直しがちですね。子どもたちには、「柔軟な思考で多様な考え方を受け入れよう」とか教えてるのに、自分たちは変わるつもりのない人が多いですもん。

 でも、そこはちゃんと見られていて、たとえば私学だと、コロナに対してずっと事実上の自習をやっていたような学校はやっぱり受験生を減らしています。変わるつもりのない組織は、だんだん見限られていくと思います。

 山脇 そうなんです。だから自治体などもうかうかしていられません。ちゃんと教育をしている自治体が、ちゃんと選ばれる時期に差し掛かってるんですよ。勉強する場所と時間を、リアルにも仮想にもつくっていかなくちゃ。場所って大事なんです、時間を確保するために場所がいります。リアルな場所の確保がぜいたくになっているなら、そこはデジタルを活用すべきです。その意味ではメタバースに期待しています。

【対談者略歴】

 山脇 智志(やまわき さとし) キャスタリア株式会社代表取締役社長。鳥取県出身。NYでの留学・就職・起業を得て日本に帰国。2006年にスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。海外の教育組織や関係者との深いネットワークを持つ。共著に「プログラミング教育が変える子どもの未来 AIの時代を生きるために親が知っておきたい4つのこと」(翔泳社)、「教養のSNS: ソーシャル時代の技術とセキュリティについて考える」(先端社会科学技術研究所刊)、訳著に「ソーシャルラーニング入門」(日経BP社刊)。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。

 岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」(光文社新書)など。

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