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「はじめの一歩」(下)=DX コロナが加速、課題も山積

 

 「デジタル・トランスフォーメーション」、略して「DX」とは、デジタル技術を駆使して事業モデルを変革する取り組みを指す。皮肉にも新型コロナウイルス感染症の拡大が後押しする一面もあるが、DXの意義や必要性を多くの企業が正しく理解しているかどうかはなお疑問だ。シリーズ最終回は、DXを阻む障がいや課題を探る。

 

 Q 終息が見えないコロナ禍は、ある意味で多くの企業にDXを急がせる一因になったのではないですか。

 A 昨年4月、7都府県を対象に緊急事態宣言(1回目)が出されたあと、多くの企業がテレワークに踏み切りました。都内企業(従業員30人以上)のテレワーク導入率は昨年4月の都の緊急調査で62・7%と、前月から2・6倍になりました。

 コロナという外圧頼みだったにせよ、社内でいくつものハンコを要した書類の数々や、大勢の社員が集まる長時間の会議、慣習化していた客先での常駐など、それまでは疑問を持たなかったルーティンを一つ一つ点検するいい機会になりました。

 Q 実はメールやイントラネットでの共有で済むことも多く、いかに無駄な作業が多かったかを思い知りました。

 A ただし、コロナをきっかけとする業務の見直しで重要なのは、単にハンコを省略したりFAXをなくしたりすることではなく、企業文化そのものに切り込んだ改革に踏み込めるかどうかです。創業家から受け継いだ伝統、先輩社員がはぐくんだ社風といった言葉は響きがよく、誰にとっても居心地のよい現状維持に流れがちです。

 見過ごされてきた非効率で無駄な作業がコロナによって一気に表出し、DXの重要性と緊急性が図らずも認識される結果となりました。それは同時に、仮にコロナが終息しても、世の中は決して元のようには戻らないという共通認識のもと、「ポスト・コロナ」の事業モデルをどう組み立てるか、という課題を意味しました。

 Q コロナを機に企業がどこまで発想を転換できるかが、DXの成否を左右しそうですね。

 A コロナは企業に電磁的押印やオンライン会議、社員のリモートワーク体制など、目先のIT化を急がせはしましたが、そこで安心して終わっては何にもなりません。実はコロナ以前からそんな勘違い、誤解が根強いことがわかっています。

 前回ご紹介した経済産業省のレポートの続編で、昨年12月公表の「DXレポート2~中間とりまとめ」をみてみましょう。

 Q どんな内容なのですか。

 A 最初のレポートから2年を経て、DX推進指標の回答を集計したところ、95%の企業がDXに全く取り組んでいないか、取り組み始めた段階だったといいます。また現在のビジネスモデルの「継続」を前提にしている企業が75%、経営に対するデータの活用は「部分的」にとどまる社が70%など、全体的に変革への危機感が足りないとする手厳しい評価です。

 要因の一つとして、DXはすなわち「レガシーシステムの刷新」だと、つまり現時点で競争優位性が確保できていれば、これ以上のDXは不要といった誤解が生じたためだと説明。メッセージが正しく伝わらなかった反省の弁も述べています。

 Q 企業がDXを自社の問題として消化し、実践するのは容易ではないのですね。

 A DX改革に失敗しがちな「3つのワナ」として日本経済新聞が指摘しているのは①トップの当事者意識の欠如②推進役の能力不足③現場が抵抗勢力となって進まない―といったケースです。

 まず①はトップがDXの本質を見極めずに号令だけ掛けるという、ありがちな例です。「とにかく、DXを推進しろ」「うちもDXに乗り遅れるな」といった指示が先走り、DXが目的化してしまいます。指示を受けたIT部門は小手先のデジタル化でお茶を濁す、「なんちゃってDX」で終わるパターンです。

 Q トップはどんなメッセージを発するべきですか。

 A まずはトップがどんな会社を目指すのか、どんな価値を創造すべく、5年後、10年後にどう変わりたいかという大きなコンセプトを示すべきです。そのゴールを目指してデジタル技術やデータをどう活用していくか、会社の姿をどう描き直すかを導くのがDXです。DXはあくまで手段なのです。

 ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が調べた企業の67%はデジタル技術を「現在のビジネスモデルの効率化を可能にするもの」と答えたといいます。ビジネスモデルをつくり変える、会社を再定義するというDXの趣旨は正しく理解されていないようです。

 Q 失敗しがちなワナの二つ目の指導者不足はどうですか。

 A もともとDXは全社横断的な取り組みであり、社長室や経営企画といった部署の視点が必要ですが、彼らはデジタルの専門家ではありません。では社内のIT部門が適任かというと彼らは既存の事業部門のシステム化や保守が本業で、ビジネスモデルを改革するという発想は通常ありません。

 仮にDXの専任部署を設けてリーダーを養成したとしても、権限と予算、全社一体となって取り組むんだというコンセンサスがなければ機能しません。

 Q そもそも、今いる社員からDX人材を選ぶという出発点に無理がありそうです。

 A DX人材の重要性は、企業の人事戦略を問い直してもいます。経産省のレポート2も中長期な課題として挙げている、ジョブ型の人事制度と呼ばれるものです。まず求められるジョブ(仕事の範囲、役割、責任)を明確にし、成果の評価基準を明らかにします。

 DXが求める構想力とITリテラシー、リーダーシップなどをジョブとして明確にし、専門性と経験値を高めてもらいます。大量一括採用と、固定的で単調なキャリアコースからは、DXが求める大局的な発想は生まれにくいでしょう。

 Q 三つ目のワナである「現場の抵抗」も大きそうです。

 A 仕事のやり方や仕組みを変えることに、事業部門はしばしば強く抵抗します。自分たちが長年かけて現場に合うよう最適化したという自負や、慣れ親しんだ居心地の良さゆえで、「机の上で考えたことを現場に押し付けるな」「現場も知らずに何を言っている」といった反応がありがちです。

 これもDXに寄せるトップからのメッセージが全社で共有されていないために起こることです。DXにとって、店頭や工場ライン、顧客と接する営業マンなど現場の声とニーズこそ宝の山です。デジタル技術やデータ解析で解決できることはないか、その先に新しい商機が潜んでいないか、そんなアンテナの感度がDXの成否を決めるでしょう。

 

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 Q DXを推進するうえで、企業努力では解決できない壁もあるのでは。

 A 法規制がハードルとなるケースですね。空き時間にマイカーに他人を乗せて送り迎えする、そんなドライバーの登録事業で急成長した米国のウーバー。日本ではタクシーなど旅客自動車の運転には二種免許が必要で、地域ごとに台数規制もあり、同様のサービスは難しいです。

 ホテルや旅館業もしかり。個人宅に旅行者などを泊めて対価を得ることは、住宅宿泊事業法、いわゆる民泊の制度化で可能にはなりましたが、年間180日という営業日数の上限があり、ビジネス化のハードルとなっています。

 Q 医療や教育の分野でも、法規制のカベや心理的な抵抗が残ると聞きます。

 A その通りです。オンライン診療が昨春、初診患者にも解禁されましたが、さまざまな理由で対応する病院があまり増えていないようです。学校では正規の授業ができず、オンライン授業やデジタル教材のニーズが高まっていますが、義務教育ではなお慎重論も残ります。「教育機会は均等であるべき」「授業は対面が原則」といった文部科学行政のレガシーのせいでしょうか。

 

DX本は数多く出版されており、その理解と実践を助けてくれる

 Q 企業を説教するだけではなく、政府の側にもやるべき課題がありそうですね。

 A 今年9月に発足するデジタル庁は大きな柱です。1年前、コロナ禍を受けた特別定額給付金の手続きの混乱で、行政のデジタル化の遅れが露呈したのは皆さん、ご記憶の通りです。タテ割り組織の打破とマイナンバーカードなど新たなツールの活用で、いかに「お役所仕事」を変えていけるか、行政DXのお手並み拝見といきましょう。

 東大名誉教授の坂村健氏は著書「DXとは何か」(角川新書)で、DXが進まない状況を突破するのは「技術ではなく意識―マインド」であると、また重要なのは「やり方を変える勇気」だと述べています。日本のあらゆる組織はいま、自らを冷徹に見つめ、問い直す覚悟を問われているのです。

「はじめの一歩」(上)=https://b.kyodo.co.jp/business/2021-09-28_7588467/

「はじめの一歩」(中)=https://b.kyodo.co.jp/business/2021-09-28_7588474/

【筆者】

知的財産アナリスト

竹内 敏(たけうち・さとし)

 

(KyodoWeekly8月30日号から転載)

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