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まちづくりが教える企業経営の長期的視点 コロナ禍で必要なのは自己分析ではなく、ステークホルダー分析

 

 まちづくりに企業経営手法が応用されることがあっても、企業経営にまちづくりの手法が有効なのか? コロナ禍で先が見通せない今こそ、壮大な時空を超えて存在する街並み形成の背後にある人の営みを学ぶ時である。それは自己分析に明け暮れるのではなく、ステークホルダー(利害関係者)をいかに創造するかにある。

 

人間集団の深層心理が街を形成

 

 ヨーロッパの街並みは石造りのため、何百年の歳月を経た今も楽しむことができるが、その街並みは、全体の設計者が図面を引き、それに基づき作り上げられてきたのであろうか。

 

スペインCarmona(カルモナ):古代ローマ時代から栄えた町で白い街として知られる。建物は、くねくね曲がる道路に垂直に面して立ち、長屋のように玄関がつながっている。各建物の中庭には植物が植えられ、住民が集う憩いの場所を提供している(筆者撮影)

 

 都市計画家で建築家のクリストファー・アレグザンダーによると、これらの建物は個々に建築されているが、その建築にあたっては住む人の心地よさのみを追求しただけで出来上がっており、神の手によるものでも、優秀な建築家のマスタープランによるものでもない。

 これは住民たちが長年の歴史の中で継承してきた、いわば暗黙知であり、そしてその暗黙知を生み出すのが集団としての人間の深層心理である。研究者は、「都市や建造物は、人間集団のもつ深層意識が時間をこえて造形する対象であるとするなら我々の都市への理解の第一歩は、そうした人間集団の深層意識が都市の形態にどのようにあらわれてきたかを読みとる作業から始めなければならない」(「見えがくれする都市」(槙文彦他)1980.6)とも述べている。

 

まちづくりの長期的視点とファサードの役割

 

 私は現在青山学院大学で講座「まちづくりと都市計画」で教鞭(きょうべん)をとる傍ら、企業経営陣の一人として、企業の経営者の頭の中にある暗黙知をいかに後継者に継承してゆくかに日々腐心している。まちづくりを学生に教える中でいつも心に浮かぶのは、まちの形成過程が企業経営に類似しているのではないか、という点である。

 創業経営者の暗黙知が2代3代と引き継がれるに従い、組織が拡大し、後継者単独ではなく、それぞれ得意分野を分担した社員とのチーム経営に移行するケースが多くなる。今、コロナ禍ですべてのビジネスが新たな局面を迎えているが、このようなチーム経営に求められるのは、対処療法的な短期的視点でなく、むしろ長期的な視点であり、住民たちによるまちづくりに通じるものがある。

 次にまちづくりである。長い時間をかけ、街並みを形成する過程で、居心地の良さを作り上げる背景にあるのが人間集団の深層心理である。この深層心理が形となって現れるのが「ファサード」といわれている。ファサードとは仏語façade)で建築物を正面から見た外観をいう。

 先のアレグザンダーによると、街並みが形成される建物自身は原則として私有地の上に建設されるがその外観つまりファサードは外部に向かって意味を発し、それが外部空間に街並みを形成する。「歩行空間、庭、街路、駐車場は本質的に建物によってつくられるのであって、逆ではない…外部空間が主役であり、建物はこの大切な外部空間を作り出す単なる手段」である。(「まちづくりの新しい理論」(C.アレグザンダー)鹿島出版会1989.7)

 このファサードは建物など内部空間にとっての外壁であると同時に、外部空間としての内壁にもなる、先の槙氏によると、「『地』と『図』(筆者補記:図は形、地はその背景)という関係における建物のファサードは、そこの一方において『図』として、一個一個の建物としての独立性を表出しながら、他方『地』としての外部空間の連続する内壁の一部を構成してきた。(中略)門、壁、広場、アーケード、集合住宅等がすべての都市領域を決定し、表現する要素そのもの」(槙文彦他1980.6前掲書)である。都市空間という街並みを決めているのは街並みではなくファサードであり、建物などであり、街並みが心地良いかは、ファサードが決め手となる。

 

Negative Painting

 

 このファサードから街並みを描く手法に、「Negative Painting」の技法が応用できる。Negative Paintingとはまず対象物(図)の外側(地)を塗ることに特徴ある。たとえば、葉っぱを描こうとした場合、まず葉っぱの形をとって葉の外側に色をつけ、そのあと、葉の中を塗る。図の左側が通常のPositive Painting、右側がNegative Paintingである。街並みをNegative Paintingで描くということは、縁取りとしてのファサードとそこから始まる「地」の部分を塗る、つまり創造することに相当する。

 

(出所)「Water Color Painting Outside the Lines」(Linda Kemp 2004.2)

 

まちづくりが教える企業経営の長期的視点

 

 この手法を企業経営に応用しよう。「街並み」に相当するのが「企業」、「住民」など街並みを利用する人が「経営者であり社員」、「ファサード」とそれに続く建物に相当するのが、企業を囲むいわゆる「ステークホルダー」である。まちづくりが教えるのは、心地よい「街並み:図」にするため、集団の深層心理に影響を与える「ファサード:地」をいかに心地よくするかである。これを企業経営に置き換えると、心地よい企業にするためには、経営者や社員が心地よく思うステークホルダーをいかに創造するかになる。ここで注意すべきことは、ステークホルダーから企業を評価するのではなく、ステークホルダーを経営者や社員がどう評価するという視点である。

 通常はステークホルダーから自社がどう評価されているかという自己分析が議論されるが、まちづくりが教えるのは、ステークホルダーは企業形成(Negative Painting)の「地」の部分で、経営者や社員が心地良くなる地をいかに塗るかになる。すなわち経営者や社員にとって心地よい株主はどのような株主か? 同じく商品を買ってくれる消費者はどうなのか? 同じく企業を取り巻く地域はどうなのか? そして戦略は、心地良い企業経営を得るにはどのようなステークホルダーが必要かであり、そのための経営を経営者・社員がチームとして取り組むことである。

 つまり、今まではステークホルダーが求める企業となるための自社分析が出発点であったが、まちづくりが教える経営とは、長期的な視点に立って、ステークホルダーの分析・評価を出発点として、経営者や社員に心地よさをもたらすステークホルダーを創造することである。

 コロナ禍ですべての基準は大きく変わる。まちづくりが教えるのは、長期的視点に立つと、自己(内部)を決めるのはステークホルダー(外部)であり、必要なのはステークホルダーをいかに経営者や社員にとって心地良くするか? 経営者や社員に心地よいステークホルターを描くにはどうすればいいのか?といった視点だ。Negative Paintingが教えるのは、まず外部を塗った後、内部を装飾する。すなわち、経営者・社員が一番心地よい規模、売り先、職場環境を創造する経営が求められる。

 例えば、長野県に本社を構え、「年輪経営」で有名な伊那食品工業は自社に心地よいステークホルダーづくりを実践している。伊那食品工業は1958年設立、年商197億700万円(2019年実績)社員数475人(2020年1月)48年間増収増益の企業である。「年輪経営」とは自社のキャパシティーに応じ、経営環境を自らコントロールし持続的に成長させる経営である。例えば顧客の求めに応じて販売など事業展開するのではなく、社員が幸せになるレベルに売り上げをコントロールする。何よりも社員が「心地良い」ということを主眼に経営が行われている。

 

 このように、まちづくりという長い歴史を経て織りなす集団心理への着眼は、長期的視点に立った企業経営に示唆するものが多い。世間では企業経営の手法をまちづくりに生かそうとする動きが目立つが、実は心地よい街並みは、壮大な時空を超えて目の前に存在し、また進化し続けている。そこから学ぶことを忘れてはならない。(敬称略)

 

【筆者略歴】

植嶋 平治 (うえしま・へいじ)

青山学院大経済学部非常勤講師

学校法人臨研学舎東北メディカル学院専務理事、東北医療福祉事業協同組合理事。

社会福祉法人しばた会理事長、医療法人M&Bコラボレーション常務理事

1976年、大阪市立大商学部卒

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