「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」のギギ・アンダルシア(手前)(C)創通・サンライズ

30年越しの夢 「閃光のハサウェイ」がついに映像化

 ぼくはギギ・アンダルシアが好きなのだ。

 「閃光のハサウェイ」が映像化されたら、どんな評価であろうとVHS(ビデオ・ホーム・システム)を購入する(当時はね)か、劇場版であれば引きこもりの体を家から引っぺがして映画館へ足を運ぼうと思っていた。もう30年以上前のことだ。

 さすがに四半世紀も待つと諦めムードが漂うものだが、今回まさかの映画化である。

 喜ぶよりも先に、大丈夫かとのけぞった。

 だって、「閃光のハサウェイ」だよ?

 よく、「『閃光のハサウェイ』は映像化困難」と言われ続けたが、それは現代の映像技術では難しい表現があるとか、スケールが大きすぎて現実的な予算枠に収まらないとかいう理由ではなかったと思う。

 どちらかといえば、「見終わったあとに、すかっとできるのか?」という要素が大きかったようなのである。

 ガンダムシリーズは何を主題に置くとしても、戦争の時代を描くことになる。階級格差や植民地搾取、官僚機構の肥大化と腐敗もしれっとそこここに存在している。したがって、通奏低音は暗めが基調である。明るくしようとして前半頑張ったけれども、テーマに押しつぶされて後半は地獄絵図のようになった作品もある。

 そんなシリーズの中でも、プロットとしては極めつけに重たいと思われる「閃光のハサウェイ」の映画化である。一部マニアは喜ぶだろうけど(ぼくのことだ)、一般受けしなくて制作陣が萎縮し、その後の作品の制作にためらいが生じたらどうしようと、制作陣でもないのにおせっかいなことを考えていた。

 さらにはコロナ禍での幾度かにわたる公開延期である。すごく小さな規模だけど、ぼくにもこの影響の余波があった。昨年書く機会をいただいた著書「ジオン軍の失敗」「ジオン軍の遺産」(KADOKAWA)は、「閃光のハサウェイ」公開時に同時発売の話もあったのだけれど、合わせるのが難しくなってしまったのだ。それはともかくとして、延期の繰り返しは制作側にとっては良いことではない。命を削るようにして作品を生み出した人たちは、さぞやきもきしたことだろう。

 それがふたを開けたら、最初の週末の興収が5億円を超えるヒットである。よかった。これで、次の作品も途切れなく作られ続けることになるだろう。本当によかった。内容も、3部作を作るときの第1部としてお手本のような出来で、「ああ、こういうふうに作るんだな」って瞠目(どうもく)した。小説版を、紙が擦り切れるまで読んだような人も、安心して身を任せられる。

 アムロ・レイらが戦った宇宙世紀1世紀は、宇宙移民者(スペースノイド)と地球居住者の権力闘争の時代であった。この構図はそのまま被支配階級と支配階級の対立でもあったため、両者の争いは熾烈(しれつ)を極めた。

 スペースノイドの大半を糾合したのがジオン公国で、支配階級の実体組織である地球連邦と総力戦を戦ったのが0079年の一年戦争である。作品でいうと、「機動戦士ガンダム」だ。

 ジオン公国はこの総力戦に敗れて共和国となるが、スペースノイドの不満が霧消したわけではないので、その後も散発的にグリプス戦役(Zガンダム)、第二次ネオ・ジオン抗争(逆襲のシャア)などの動乱が起こる。

 ただし、スペースノイド側は疲弊しており、動乱の規模はどんどん逓減していく。戦い方としてはゲリラのそれだ。いくつかの紛争を経てなお社会の構図は変わらず、0100年にはジオン共和国は自治権を放棄する。一つの時代が終わったのだ。

 では、その先に続く宇宙世紀2世紀は?

 2世紀の入り口に位置する作品が、「閃光のハサウェイ」である。軍事組織の規模は更に矮小(わいしょう)化される。真っ当に考えれば、既にスペースノイドには地球連邦を転覆する力や可能性はない。その中で反地球連邦組織が何を目指しているのか、この映画で見届けてほしい。

 おそらく、「閃光のハサウェイ」が映像化されたことで(「閃光のハサウェイ」自体が3部作なのでまだまだ続くが)、宇宙世紀2世紀の映像化が促進されるだろう。宇宙世紀1世紀、とりわけ0070~0090年代はいろいろな作品で描かれて、そろそろ発展性が厳しくなってきたところだ。制作側の意図として、「映像化されたものが正史」があるにしても、映像化作品自体も多く、作品相互の矛盾点も気になり始めた。

 そこへいくと、宇宙世紀2世紀はまだまだ手つかずの歴史が語られずに広がっている。この肥沃な大地はクリエイターの創造力を刺激するだろう。

 この映画自体の魅力はいろいろな人がいろいろな切り口で語るだろうから、特にここで記すことでもないだろうけれども、音がすごくよかった。

 ガンダムのヒロインは娼婦だったり、裏切り者だったり、正統派だったり、人格破綻者だったり、エースパイロットだったり、相当な数のキャラクターが存在しているけれど、ぼくはその中でギギ・アンダルシアが一番好きなのである。活字と美樹本晴彦の挿絵しかなかった時代からそうだ。

 あまり多くを語るとネタバレになるし、何よりも“紙幅”を無駄遣いしてしまいそうなので、その魅力をここで語ることは控えておくが、いざ映像化となったら演じるのが難しい役だろうなと思っていた。あの雰囲気を出すのは、誰が当たっても苦労するんじゃないかと。

 そうしたら上田麗奈さんである。

 抜群だ。

 寡聞にして知らず、という方のために補足すると、長く第一線で活躍されている本当に実力のある声優さんである。で、ここから先は個人的な意見だが、「才能や資質のポテンシャルは極めて高いが、人としてどこかたがが外れている」役を演じたら当代一級だと思う。興味を持たれた方は、「ハーモニー」なんかを見てみると、いいかもしれない。

 ぼくは正直なところ男性の声優さんはどうでもいいと思っているのだが、ケネスの諏訪部順一さんは色気があった。ガウマンの津田健次郎さんに至っては、抱かれてもいいなって気分になった。声優さんの演技を聴くだけでも鑑賞する価値があると思う。

 実体弾の擦過音もよかった。従来のガンダムの音響ってビーム兵器主体で組まれていて、それはそれで美しいのだけれど、「閃光のハサウェイ」は打突音や破砕音の解像度が傑出していた。できれば、極爆とかDolby Atmosとか、音響が売りのスクリーンで鑑賞するとより楽しめるだろう。

【筆者略歴】

 岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)など。

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