高橋氏(左)と安藤氏(荻原浩人撮影)

リーダーに求められるものは何か? 元読売巨人軍監督・高橋由伸氏と「識学」安藤広大社長が対談

 

 組織の指導者はどうあるべきか。経営者と社員、監督と選手の距離の取り方、「責任」と「権限」との関係は―。プロ野球読売巨人軍で選手から監督に転じ、3年間指揮を執った経験を持つ高橋由伸(たかはし・よしのぶ)氏と、組織マネジメントのコンサルティングを手掛ける「識学」(東京都品川区)の安藤広大(あんどう・こうだい)社長が対談。「リーダーの心得」について話し合った。(対談場所は、東京都中央区のコートヤード・マリオット銀座東武ホテル)

 

安藤広大 由伸さんは自分に対してすごく厳しい人だと伺っています。監督になったときに「選手に対しても、もっと厳しくしたい」と思うことはありましたか?

 

高橋由伸 それはありました。でも、自分の考えていることや目標としていることと、彼らのそれが一致するとは思っていませんでした。それなら「いかに今、選手にいいパフォーマンスを出してもらうか?」を考えようと思ったんです。ベテラン選手の「もうひとしぼり」に賭けるのか、新たな選手を使って勝つのか? そこは、リーダーとしての「見立て」ですよね。僕はベテラン選手で戦う方が、勝つためには近道になるだろうと思ったんです。

 

安藤 完全に満足はしないにせよ「そっちを選択してよかった」という感じでしょうか?

 

高橋 1年目は、改革は少しずつ始めていたのですが、育成にはなかなか手をつけられていなかった。彼らを使うことは「勝つ」ことには直結しないという判断でした。

高橋氏(荻原浩人撮影)

▽マネジメント側はどこまでやるべきか

 

安藤 「識学」のマネジメント手法は「頑張らざるをえない環境をつくる」というものです。環境をつくって結果的に成果が出て、やる気が出る。

 

高橋 僕らの育った環境は、戦う場に放り込まれて、やらざるをえない、頑張らざるをえない環境でした。自分のやってきたことや成功体験は、監督になってからもある程度活用しました。でも、それにうまく当てはまる選手と、なかなか当てはまらない選手がいました。3年目はこちらが管理できることは、ある程度管理しようと思ったんです。

 

安藤 「マネジメント側が決めること」を増やしたと?

 

高橋 そうですね。ただ、僕の見立てが間違ったら、すべてが間違ってしまう。

 

安藤 私は経営者ですが、経営のセンスがある方ではないと思っています。見立てを間違えることがよくあるんです。それでも、すべて私が決めるんですね。「間違えたら、修正すればいい」というようにグイグイ回していく。社長は、最終責任者ですよね。

 

高橋 監督は経営者ではない。社長であり社長じゃないようなところがあります。プロ野球界は、選手一人一人が「個人事業主」なんです。それが出てしまうので、ルールがある中でも、それぞれの価値観や考え方、立ち位置があったりする。

 

▽「姿勢のルール」と「行動のルール」

 

安藤 僕らは組織ではルールを「姿勢のルール」と「行動のルール」の二つに分けています。姿勢のルールは、挨拶(あいさつ)、掃除、会社でいうと日報などです。行動のルールは、会社でいうと訪問件数や、営業トーク、売り上げなどです。姿勢のルールは「できる・できないが存在しないルール」「やろうと思えばできるルール」なんです。行動のルールは「スキルやお客さんの状態によって、できる・できないが存在するルール」。マネジメントでいちばん初めにやらないといけないことは、「姿勢のルール」を徹底して守らせるということです。

 

高橋 チームの改革や育成という部分では、誰でもできることをきちんとやらせるのが大事です。「最低限、しっかり走ろう」とか。これは「姿勢のルール」ですよね。トップである僕が決めた、グラウンド内での「最低限のルール」がある。それを怠った選手がいて、彼をレギュラーから外したんです。それは正直「勝つ」という観点では苦渋の選択でした。

 

安藤 でも「グラウンドでは全力で走れ」ということは明確に伝えていたわけですよね?

 

高橋 言っています。でも「勝つためにはそうじゃないのではないか?」という人もいたんです。監督側と選手側との認識の違いです。

 

安藤 スポーツと比較するのはどうかと思うのですが、こういうことは会社経営でもよく起きるんです。「めちゃくちゃ売る営業マンが、ルールを守らない」というのはよくあるんです。「俺、売ってんだから」みたいな。でも、結論からいうと、そいつを外したほうが全体の売り上げは伸びるんです。社員全員のトップに対する姿勢が10%よくなれば、エース100点分の売り上げも10人が10%よくなるだけで補える。

安藤氏(荻原浩人撮影)

▽選手との距離をどうとるか?

 

安藤 由伸さんの場合、選手からいきなり監督になったから、選手の気持ちがわかり過ぎるということもあるのでしょうか?

 

高橋 それはありますね。そこはいい部分でもあり、悪い部分もあったと思っています。

 

安藤 私も前職では、下から上がっていって責任者になったので、同じような感じです。「慕われるお兄ちゃん」みたいなかたちで上に上がったので「部下の愚痴を聞いてあげた方がうまくいく」と思って運営していたんです。でも、結果的に愚痴を聞き過ぎて叱るべきタイミングでちゃんと叱れなくなってしまった。だから今回の経営では「上司は人間的に好かれる必要はないな」というのを意識しています。でも、由伸さんの立場は、かなり難しかったと思います。

 

高橋 自分の中では距離をおいているつもりではいたんです。立場が違うんだから、これまで言っていたことと、いまやっていることが変わってもしょうがない。誰からも好かれる、全員にとっていい監督になれるなんて思っていませんでした。

 

安藤 プロ野球の世界でもたぶんそうだと思うのですが、私たちは「とにかく結果だけ見る」ことにしています。

 

高橋 僕もそれはそう思います。とにかく結果で判断する。ただ、数字に表れないものは、もう自分の勘に頼るしかないんです。同じくらいの実力の2人の選手がいて「どっちが打つか」なんて判断できないからです。

 

▽距離があると不平不満が出ない

 

安藤 今回の会社は「識学」を教える会社ですから「距離をとることが正しい」という前提で組織をつくりました。

 

高橋 いまの野球界、スポーツ界では、指導者と選手の距離が近い方が、なんとなく世の中「ウケ」がいい雰囲気がありますよね。

 

安藤 その方が世の中ウケはいいですよね。でも、そのチームは勝てないと思います。たとえば、選手との距離が1メートルしか空いていない場合、誰かと50センチ距離が縮まると、すごい差になってしまいます。でも、もともと100メートル距離が空いていると、多少の距離の縮みは「誤差」になる。だからとにかく距離を空けておいた方が、不公平感が生まれません。

 

高橋 僕らが若い選手を使っていくと、それと引き換えにこれまで使われていた選手が使われなくなるわけです。これまでと違う若い選手が使われはじめると、その選手と僕との距離感とは関係なく、ただのひがみで不平不満が出るんです。

 

安藤 私と社員ですごく距離が離れていると、私の決定は社員にとってはもう“天気”みたいなものになるんです。「監督がこうと言っている。以上」と。それが「距離感」なんです。

 

▽コーチと監督の関係

 

安藤 「コーチ」というのはチーム内ではどういう立場なんですか? 由伸さんの「部下」なのでしょうか? コーチの責任ってなんなのでしょう?

 

高橋 それは監督によって違うと思います。僕は基本的には、コーチに責任を与えていました。プロ野球でいうと、バッティングコーチ、ピッチングコーチ、守備のコーチなど、いろいろな役割のコーチがいます。それぞれの担当コーチにまず、ある程度の責任を与えました。責任というのは、指導の面での責任です。「この選手をどうやって指導するか?」「どういうふうに使うか?」ということに関しては、コーチに責任を持たせていました。

 

安藤 「育成の責任」ということですね。

 

高橋 これは言い訳になってしまうのですが、やっぱり僕の年齢や、実績のなさゆえに、なにかものごとを動かすたびにまわりが動揺したり、反発したりしてしまったというのはありましたね。

 

安藤 もしうまくいく方法があったとしたら、もうガチガチに人間性を消してしまうことしかなかったかもしれないですね。由伸さんのケースは、かなり難易度が高いと思います。社員がいきなり社長をやるようなものですから。選手にとって「いい監督」が、本当にいい監督だとは限らないんですよね。これは、私たちが経営者にも言っていることです。社員にとって、いまこの瞬間「いい」と思う社長は、本当にいい社長じゃないかもしれない。

 

高橋 マンガやドラマの世界のように、距離が近くてみんな円満なチームがいいような気がしてしまいますよね。

 

安藤 マンガやドラマでそういう描写が多いのは、世の中には社員やプレーヤー層の方が多いからです。その人たちに響くようにストーリーが作られている。でも実際はそんなことはありません。半沢直樹みたいな社員がたくさんいたら、会社はつぶれますからね(笑)。

 

▽責任と権限が一致していないといけない

 

安藤 組織運営においてすごく重要なことは「責任」と「権限」が合致していることです。これは野球でいうとおそらく「監督とコーチ」との関係性で生じることかなと思います。「責任」に対して「権限」が足りない場合は、言い訳の材料になります。責任と権限はセットになっている。これが基本です。

 

高橋 特にピッチャーの場合は、ある程度は任せていました。「こいつは何イニング投げます」というところまで決めさせていました。

 

安藤 「識学」というのにどんな印象を持たれましたか?

 

高橋 やっぱり、基本をつくることが大事だというのを再認識しました。組織では、まず基本のルールがあるから、いろんなことができる。だから、絶対に守らなくちゃいけない最低限のルールは必要なのだと思います。

対談する高橋氏(右)と安藤氏(荻原浩人撮影)

あなたにおススメの記事


関連記事

スポーツ

ビジネス

地域

政治・国際

株式会社共同通信社