【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】詩「足し算命520」を自画自賛~その2
【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】詩「足し算命520」を自画自賛~その2

【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】詩「足し算命520」を自画自賛~その2

2021年2月25日=690
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算


わがまち木曽岬より長島リゾートのアトラクション(三重県桑名市)を望む
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今回は2020年秋に書いた「足し算命520」という詩の第2連である。これら6行に込めた思いをつづる。実はこの「足し算命520」、YоuTubeにも登録しており、登録名は“ひろちゃん。”である。

息を吸える生きている 患者風吹かせて
一期二会(いちごふたえ) ちっぽけな出会いまた求める
ああ さらけ出す 弱みも苦しみも
地べたはってでも しぶとく生きるぞ
我は生く できるあらん限り
我は生く さらば出来ぬを

【息を吸える生きている 患者風吹かせて】

ひとは何によって生きていることを実感するのだろう。
心臓が動いている、物を考えている、などだろうか。

心臓が動いているのは、胸に手を当てるか脈を取ることで感じられる。
物を考えているというのは、どこか観念的だ。

私は息を吸うことで、生を実感している。
呼吸は意識ある時に自覚され、意識なき時には恐らく自覚されない。
故に頭で実感できるのである。

意識的に息を吸う。意図的に吸って吐くのである。
私は吸った息を、患者風に乗せて大いに吐く。

いや吹かせている。
患者風とは、患者である己がわがままに振る舞うこと。
風切って歩くがごとく。

私が医者として接してきた終末期がん患者さんは、入院中であれば、「家族に迷惑かけるのでこのまま入院を続けます」、自宅にいれば、「家族に迷惑かけるのでもう入院します」という人が多かった。

無論そうしたいのであればそうすればいい。
だが、己はどうか。
私は周りに迷惑かけてもええ、と思っている。
わがまま、すなわち己の思うままに生きた方が、気が楽になれるからである。

体が段々しんどくなっていく中で、気ぃぐらい楽に生きたい。
だから自宅で自分は座ったまま・横になったままで、しょうゆ取ってこい・はし持ってこい・お茶おかわりなどと家族に言い付ける。自分で取りに行けるのに。

これには言い訳もある。患者さん亡き後、もっといろいろしてあげれば良かったと悔いる家族がいて、その悲しみ・苦しみを和らげるグリーフケアが必要になる場合もある。そうならないように私はあえて家族にあれこれさせてやっているのである。心を鬼にして。
すると先日家族は口をそろえて言い切った。

「もう2年半やってきて、後悔などあろうはずがない」

私の企てが成就した瞬間だった。
んじゃあこれからはどうしよう。
あれこれさせる技にもっと磨きをかけなきゃ。
まあこれらはすべて一患者の思いに過ぎないことをお忘れなく。

【一期二会(いちごふたえ) ちっぽけな出会いまた求める】

出会いは一度きりで先には無いものとして大切にする。
これが一期一会である。

でも一度きりではもったいない。また会いたい、再会したいと思える出会いにしたい。これが一期二会(いちごふたえ)となる。

お互いにそう感じられたら最高だが、思うようにいかぬものが人生である。
だったら相手はともあれ、己だけはそう想える出会いにしたい。

現役がん患者は、それほど元気ではいられない。
患者同士の、横の比較は意味が無い。
ひとそれぞれだからだ。

しかし己の中では比較できる。私の発病前と現在とを比較した場合、動ける範囲・時間には雲泥の差がある。
たとえば遠出や何日もの外出は難しい。コロナが有ろうが無かろうが。

でも近くを10分散歩することはできる。
そこで出会った人とあいさつする、これも難しい。
なぜならば周囲は田畑に囲まれている地元、町民は基本的に移動に車を使うから、そうそう歩いている人には出会わない。

そこで道端や畦道に咲く草花が私を出迎えてくれる。
発病前なら見向きもせずスルーしていたモノたちだ。

新しい発見である。
生きる意味を失った者が新しい意味を発見するように。
新しい意味と言えば、何か大きなもの・立派なもののようだが、私はそうではない。偉大なものは見つけられない。やはり弱っているからだ。

だからちっぽけなものとの出会いとなる。がんを生きる私には、これがとっても心地よい。

【ああ さらけ出す 弱みも苦しみも】
【地べたはってでも しぶとく生きるぞ】

己のすべてをさらけ出すことに抵抗感を持つ人は多いだろう。
弱みや苦しみ、すなわち弱点・欠点であればなおさらだ。他人には見せたくないものである。

しかし私はこれらをあえて公開することで、気が楽になった。どんな状態であれ、生きていたいし生きていきたい。

もしがんが体から無くなって完治できたら、こんなうれしいことはない。生活様式もいま以上に活動的になれるかもしれない。

ただし現実は悲しい。がんは消えていないし治ってもいない。でも生きたい思いは人一倍だ。これが、地べたはってでもしぶとく、となる。

先日勤務する病院で出会った70代の患者さんはこう話してくれた。久々となる面談、6日ぶりの仕事だった。

「しぶとく生きる先生に対して、私は自然に生きる」
「自然が一番いい。これで私は心が軽くなった」

晴れやかな表情に見えた。

彼女はわが著「緩和ケア医が、がんになって」を読んでくれていた。しぶとくであれ自然であれ、お互い生きる思いは同じである。うれしかった。

私は彼女から生きる力をちょうだいできた。Mさん、本当にありがとうございます。

 

 

 

Mさんも読んでくださった我が著「緩和ケア医が、がんになって」(双葉社)
Mさんも読んでくださった我が著書「緩和ケア医が、がんになって」(双葉社)

 

【我は生く できるあらん限り】
【我は生く さらば出来ぬを】

何はともあれ、私は生きたい。

そのためには出来ることを頑張る、出来ないことは諦める。

諦めたことは2020年暮れまでの仕事の形態だ。非正規雇用で勤める病院の緩和ケア病棟が、現在もコロナ病棟に変わったままである。常勤緩和ケア医もふたりいて、私の仕事は激減している。
解雇はされていないが、私の契約は仕事があれば手当がもらえる形で基本給は無いため、仕事が無ければ収入ゼロだ。現時点で7日間働いていない。しかしこの状況でも出来ることはまだある。

例えばこのコーナー、現時点では打ち切りとは告げられていない。ありがたい。
また先述した70代女性Mさんからは、仕事が激減している私でもがん患者さんを力づけることはできると励まされた。彼女もその一人だと。涙があふれてきた。こんな私を必要とする人がいてくれると実感できた。

まだまだ大橋洋平、捨てたもんやない。これが、「我は生く、できるあらん限り、さらば出来ぬを」である。

この調子で次回は、「足し算命520」第3連にいきま~す。いく予定です。今日2021年2月25日アサを迎えて、足し算命は690となりました。本当にありがとうございます。わたくし生きている限りどうぞよろしくお願いいたします。

(発信中、フェイスブックおよびYоuTube“足し算命520”


おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、2020年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。


このコーナーではがんと闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。

『 足し算命

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