【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】働くことへの感謝、そして投活

【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】働くことへの感謝、そして投活

2021年1月28日=662
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算


▽仕事とはありがたきこと

 現役がん患者そして緩和ケア医の二刀流としての役割を失って以来、気づけたことが二つある。

 もちろん誤解なきよう申し上げる。非常勤の契約は継続中であり、解雇はされていない。ただし仕事の日数が激減しているのは現実である。緩和ケア病棟在りし日は週に4回・午前に勤務する形だった。

 本日1月28日は3日ぶりに働きをもらえたが、正午時点で来週以降、来月2月も仕事の予定なし。まあ気長に待つとしよう。“待つ”のは得意だ。おっと抗がん剤治療中の身を忘れてた。後生やからコロナ収束までは、わが命は終息させないでくれぇ!

 そうそう気づけたこと「二つ」やった。第一。仕事ってこんなにありがたきことなんやと。

 現状で私の仕事は、緩和ケア面談外来だ。完全予約制。緩和ケア病棟入院に際しては必要と位置付けていた形態でもある。

 しかし緩和ケア病棟が機能しない現在、その必要性がなくなることは当然だ。ただし緩和ケア医から直接に話を聞きたいという患者や家族も中にはいるだろうから、この予約があれば上司から電話が入る。

 数日前ということもあれば前日連絡ということもある。この連絡がやって来た時の心躍らされる感動がものすごい。

 実は1月27日正午過ぎに電話がかかった。翌日の予約が入ったと。うれしかったぁ。仕事がある・できるって、これほどまで偉大なことやったんやと。コロナ禍のいま失業した人、がんを患い解雇された人。彼らの苦しみは想像するに余りある。

 特に後者の方々には、現役がん患者となった私にもひとごとであった。親身にならなかったことが情けない、本当にごめんなさい。そして今。全く同じではないし、さらに彼らのことが分かるなどと偉そうなことは申せないが、似た者同士と私は勝手にとらえさせてもらっている。仕事ができることは、本当にありがたい。そしてとってもうれしい。

鈴鹿の山並みを望む(三重県木曽岬町から)
鈴鹿の山並みを望む(三重県木曽岬町から)

▽ステイホームでできる「投稿」

 第二。家にとどまる時間が増えたのも現実である。まさにステイホーム。

 そこで何をしようか。がんを生きる中で、終活のために就活も必要だ。がん治療が受けられているのに終活はおかしいという意見もあろう。

 しかし終活って、例えば死に備える活動だけか。それよりも私には、しまいを生き生きと生きる活動のように思える。だからステイホームでできることを探してみた。

 その結果が、「投稿」である。実はこの投稿、私には縁深いものである。

 2018年12月29日。がん患者の同士に向かって、しぶとく生きて!と新聞に投稿したわが言葉を掲載してもらえたことが、現在の私につながる。まず投稿を選抜してくださったHさん、私を取材して記事を書いてくださったTさん、出版してくださったYさん、そしてこの(株)共同通信サイトのえにしを与えてくださったHさん、すべてつながっている。もう奇跡のつながりである。

 実は2018年暮れの投稿は、わが人生で二度目の応募だった。一度目は高校3年のちょうど今頃。正確な日付は分からない。その部分だけ何と、おふくろが切り抜きを残してくれていた。ここからはその引用である。

「共通一次試験受け納得のいかぬこと」 三重県 大橋洋平(高校生18歳)

 共通一次試験を実際に受けてみて、納得のいかないことが三つある。

 第一は、試験後二十日ほどたってから入試センターの行う成績の公表である。志望校決定の参考資料のつもりでやっているのであろうが、実際には多くの受験生は、それ以前に行われる予備校の詳しい資料をもとにすでに志望校を決めているはずである。

 第二は、本人に得点を通知しないことである。入試では得点を知らせないのが普通だと言えばそれまでだが、入試センターは得点分布は公表する。その結果、本来ならだれも取るはずのない零点が何人いたかもわかる。これは受験番号などの記入ミスで採点不可能となったものであろうが、少なくとも本人はそのつもりはなく、二次試験を受験するのだから不安が残るだけである。従って一科目でも採点不可能となった時には、本人に通知してもらいたい。

 第三は、マークシート方式である。〇×とまでいかなくても、番号を選択する以上、真の実力ははかり得ないと思う。事実、僕も社会の試験で時間が足らず、問題も読まずにマークしたにもかかわらずほとんど正解だった。

 科目別難易度格差をなくすことばかりに頭を使うのではなく、以上の三点も検討してほしい。

▽究極の自己満足

 以上である。文の巧拙は置いといて高3のこの時期、二次試験、それも数学・物理・化学・英語が受験科目で小論文などはない三重大学を受けようとしていた者とは思えない時間の使いようだ。1982年1月下旬から2月上旬にかけてではないだろうか。しかし投稿掲載は“合格”やった。

 そして2度目の2018年も合格。100%の合格率って、もしかして文才があると有頂天になっていた。母数が2と超少ないのに。Hさん(2018年の投稿を選抜してくださった)も追い打ちをかける。

 「大橋さん、投稿は1日24時間、365日いつでも受け付けてますよ」

 冷静に考えればその通り。受付はいつでもOKということであって、いつでも掲載ではない。すでに有頂天になってるオレには、そんなこと頭に入らない。あれからどれほど送ったことか。50は優に超えているんじゃないか。新聞社も多岐にわたる。朝日、読売、毎日、もちろん地元の中日、伊勢などなど。

 ここで各社の対応も千差万別。まず頂戴できる謝礼について。結果を待つ皆さんの楽しみを奪ってはいけないので、具体的には金額を示すことは差し控えたいが、図書カードの値に幅がある。もちろん謝礼ナシもあり。いやいやもう新聞に掲載してもらえただけで栄えある体験だ。報酬を求めるなどとんでもない。でも欲深な私は、もらえたらやっぱりうれしい。ちなみに高3の時は、その新聞社の出版する書を頂戴した記憶がある。本のタイトルは覚えてない。朝日新聞社さん、ごめんなさい。

 次に、合格時における掲載日の案内。これもさまざま。〇月〇日と詳細に示してくれる社もあれば、〇日~〇日までの間と示されることも。さらに何も連絡がなく諦めていたところ掲載されていたと後日知る、なんてことまで。まさに、みんな違ってみんないい。

 そしていつの頃からか投稿するジャンルは、エッセーにとどまらず標語、川柳、俳句、短歌、詩などに広がった。しかし2020年ほぼ全て“落選”。ここで最近はこう考えるようになった。合格した際は、己の実力。落選した場合は、くじ引き抽選だと。自己中極まりない。でも言い換えれば、究極の自己満足だ。この自己満足はいい。なぜならば気楽に生きられるからである。不作だった2020年は諦めて、2021年。特に1月12日からは時間ができたので、投稿活動に勤しもう。これが、わたしの「投活」である。

 ところで皆さん。いつかどこかでわが言葉に出会われた際には、どうぞ唱えてやってくだされ。投括ひと~つ。ここでも、一つ一つといきたいです。足し算命のように。

(発信中、フェイスブックおよびYоuTube“足し算命520”


おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、2020年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。


このコーナーではがんと闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。

『 足し算命

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