【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】教育委員会とわたし
【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】教育委員会とわたし

【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】教育委員会とわたし

2020年12月4日=607
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算


【現場に出ない関係者・・・教育委員】

先日2020年11月27日(金曜)、三重県木曽岬町で開かれた教育委員会に出席した。私はえにしをちょうだいし、ジストの発病前の7年前の2013年秋から、地元木曽岬で教育委員を務めている。

そして2年前発病後、教育委員の継続はもう無理と判断した私は、委員を辞職する旨を申し上げた。

しかし発病前と同様でなくてもOKと慰留を受けた。

教育委員会が入る町役場(三重県木曽岬町)
教育委員会が入る町役場(三重県木曽岬町)

ありがたい。なぜならば私は教育関係に携わりたい思いが少なからずあったからである。思いがけない医学部合格というサプライズがもし無かったならば、今ごろはもしかしたら・・・

まあそんなこんなで、ぼちぼち続けさせてもらっている。

ところでこの日、議題のひとつに英語教科に関するものがあった。具体的には木曽岬町が英語教育に力を入れる一つとして、中学生(木曽岬には小中それぞれ一校ずつ)に英語検定を受けてもらう取り組みである。私も大賛成だ。と言うよりも大賛成だった。

いまは・・・ここからは現場に出ない関係者である私が、勝手気ままに一言申し上げます。いわゆる口は出すけど、手は出さず。従いまして教育関係者の皆さま、否々それに限らずお読みくださっている方々、一個人の思いであるが故に一笑に付していただけましたら甚だ幸いに存じます。三つの【No more】であります。

 

【No more英語】学びたい人が大いに学べばいい

世の中はとうとうAI時代に突入した。持ち運びが容易なポケットサイズの翻訳機も登場している。価格も諭吉さん2~3人程度。英語だけやない。数十カ国語対応だ。これを所持すれば、専属通訳さんに付き添ってもらっている形で、旅行のみならず仕事や日常生活にも困らなさそう。だったら英語を話す、聴くという技術を自らが身につけることはもう要らないんじゃないの。

するとこんな意見も出るだろう。

「グローバルな関係を持つためにも機械を通してではなく、自分の英語でやりとりできた方がいいと私は思う」

これが議論。己の考えに賛成があればもちろんうれしいし、たとえ反対意見が出てもありがたい。何事にも賛否両論ありが私のモットーでもある。

私も英語学習そのものに反対しているのではない。一斉教育それも町を挙げて推進することに異を唱えているのである。学びたいものは大いに学べばいい。グローバルな関係はこれからの世の中には大切、もちろんその通り。

でも個人的にはこんな難しいカタカナ思想よりもっと下世話な方がええ。それは・・・

外国人と恋愛したいものは英語を覚えよ、などと。もしも私が教師になれてたならば、こんなふうに教えてたかな。保護者からは炎上するだろうけど。

だってそうやないか。例えば男であるオレが、「今夜は〇〇を帰したくない」や「〇〇、俺と結婚してくれ」とささやきたい時に、ひととき間をおいて翻訳機から聞こえてきたら。相手はいかに感じるだろう。

好きなことは強いられなくても自らやるものだ。息子を見ても実感する。

彼が学校の教科書を開いている姿は見たことがなかったが、200~300ページはあるだろうポケモンのゲーム攻略本を読みあさる彼はしばしば、目の当たりにした。それも自らが書店で選んで買っていた。小学校低学年のころだった。

独学こそ物の上手なれ、これもわが座右の銘なり。

そしてこれを町が支援する形を取ればいい。例えば先述した英検。もちろん自主的に受験するものであり、さすがに受験料全額免除とはいかないだろうから、受験会場を町内に誘致するなど。そうすれば交通費は浮くし、何よりもアウェイではなくホームで受験できる。いわゆるホームアドヴァンテージ、否々地の利だ。関係者の方々、ご一考いただきたい。

 

【No more宿題】自学自習で力が付く

宿題。

この響きを心地よいと感じる生徒はどのくらいおるんだろう。少なくとも私は嫌いな言葉である。強いられ感が強いものやから。しかし元生徒である彼らも親になると、どういう訳かその強いられ感をわが子に後押しするようになる。自宅で、あの究極のNG言葉を投げかける。ことも無造作に。

「もう宿題やったんかぁ」

かく申す私も何度言い放った言葉か。わが子の中学・高校時代に。その影響か否かは置いといて、彼は宿題実行とは全く無縁の男やった。
私が宿題が気に入らない理由はさらに、その出され方が画一的なことである。小学校では漢字練習や四則計算、中学高校ならば問題集など。本人が習得しているいないにかかわらず、原則平等に宿題は出される。繰り返し学習も重要だが、すでにできることを何度もやることは不要だ。時には苦痛とさえなる。

三重県木曽岬町役場の4階から北東に目を向けると、名古屋駅前の高層ビル群が飛び込んでくる

自学自習と称するのに、どうして自宅でも同じことをやらせたがるのだろう。同じことは学校内でもう十分だ。スポーツでも自主練習というのがあるじゃないか。もっとも同じことを強いる全体練習がかなり長時間にわたるとも、しばしば聞く。

そして同じことを強いる最たるものは夏休みだ。特に小学校時代。習字、工作、絵、読書感想文、日記、自由研究そして夏休みの友…。ここまで来ると、生徒はもう白旗状態だろう。

8月の終わりに駆け込み状態となるのは、何も本人の怠慢が原因じゃない。強いられる量が多すぎるからだ。もし私が教師ならばこう言おう。

「夏休みをどのように過ごそうとも各自の自由。何かをやってもええし、やらなくてもええ。そしてもし何かをやるならば、好きなこと嫌いなことどっちでもえええから、やりたいと言うよりもやれることをやってくれ」

これは現役がん患者である私の生き方に通ずる。

いまできることを、いまやる。この方が達成感・充実感が得られやすいし、何よりも気楽にできる。すると長続きする。やりたいことでもいいが、それではできないこともあり得る。

従って原則、自学自習に任せればいい。すべての教科において。学問なんて基本独学だ。皆さん、この言葉しばしば耳にしませんか。

「独学で〇〇を身に付けました」

もちろん最小限の知識や技術を、師匠あるいは他人から教えられることは少なからずあろう。しかしその後は。学問なんて基本独学だ。自ら学び問い続けるからこそ、知識や技術が高まるのである。

そしてどうしても宿題を出したいならば、生徒各自のオーダーメードでお願いしたい。30人であれば30通り。

だったら私は大歓迎である。教師の皆さまには負担になるだろうが、これなら生徒も頑張れそうだ。

それぞれが目標を立てやすく、その結果にも満足しやすくなるからである。横の比較がしづらくなるという意見もあろうが、個性を伸ばせることにつながると私は考える。

英数国理社5教科すべて60点の人間よりも、国語は満点で、英数理社はすべて0点の人間に私はひかれる。短所を減らすよりも長所を伸ばす方が好きだからである。

 

【No moreテスト】リポート形式で考えて学ぶ

テストそのものを否定するつもりは毛頭ない。

これも出し方の問題だ。いわゆる知識を問う形は、テストとしては不要である。

なぜならばこれこそ自学自習のドリルで可能だと私は考えるからだ。〇×式いわゆるYes-No式なんてテストとしてはもったいない。こんなことを言いながらも、あの4点という自己記録を残した高校物理のテストはすべて選択式だった記憶が・・・

いや話を本題に戻す。知識の有無を問うだけでは、まだ学びのスタートラインだからである。知識を基にして学んでいくのである。

「何、なぜ、どのように」を意識して。

私も「何、なぜ、どのように」に気付けたのは、40半ばを過ぎてからです。

ある研究会で学び始めて、これらを意識するよう教えられた。例えば、がん患者に対する緩和ケア(痛みなどの苦しみを和らげること)において医療者が実践する行為に“傾聴”というものがある。

傾聴とは何か。何を傾聴するのか、なぜ傾聴するのか、どのように傾聴するのか。これらを説明することができるようになって初めて、“傾聴”を理解したことになる。

テストもそんな形にしたらどうだろう。記述式と言える。ただし記述となると60分などと短時間内にはなかなか難しい。

従って、私はやはりリポートという形を提案したい。ここでも教師の皆さまには負担を強いてしまうことになるが、生徒にはとてもありがたい。考える力、さらに示す力が同時に習得できるからである。

リポートを英語で記述したい者はそれも良し。まさに大学での講義と言えよう。「大学でやるんだから高中小にはまだ早い、無理」と言う人もいるだろう。いいえ、年代には無関係と私は考える。日本語の読む書く話す聴くが出来れば十分だ。だから小学生にも可能である。

ただし社会に出ると、一発勝負の試験というものも存在するから、テスト体験も必要と言える。でもそんなもん、年に1~2回でOK。
もうすでに生徒ひとりひとりにオーダーメードで対処しておられる先生方、学校さま、あなた方は素晴らしい。出会いたかった、己が学生時代に。

(発信中、フェイスブックおよびYоuTube“足し算命520”


おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、2020年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。


このコーナーではがんと闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。

『 足し算命

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