【会社法入門講座⑧】コロナ禍の企業の資金繰り問題 会社法から読み解いてみた

プロローグ

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、経済活動が大幅に制限され、深刻な影響を与えています。国際的な分業体制によって製造拠点を中国や、東南アジアの国々に移転している大手メーカーはもとより、デパートや飲食店など多くの企業が大幅な売り上げの減少にみまわれています。

 また、入国制限や外出自粛などによって、交通業界や観光業界もこれまでにないほどの打撃を受けています。その結果、資金繰りに窮する企業(株式会社をはじめとする会社だけではなく、組合や個人商店なども含みます)が大幅に増加しています。

 政府は4月7日に緊急経済対策を発表。小規模事業者や中小企業については、日本政策金融公庫が「新型コロナウイルス感染症特別貸付」を行っているほか、政府系金融機関や商工会議所などで「マル経融資」や「危機対応融資」などの相談に応じています。

 また、日本を代表するような大企業でも資金繰りの先行きが不透明になって、メインバンクなどの金融機関に対して多額の融資枠の設定を求めていることが報道されています。

 例えば、トヨタ自動車は総額1兆円、日産自動車は総額5000億円、リクルートは総額4000億円、JALは総額3000億円の融資枠の設定を、それぞれのメインバンクなどに対して求めたことが報道されています。

 そこで、今回は、会社法そのものの問題ではありませんが、大企業が金融機関に対して求めている融資枠の設定に関する仕組みや効果などについてご説明し、日本の会社における資金繰りの一端について、理解を深めていただければと思います。

多額の融資枠にはどのような意味があるのか

 なぜ、日本を代表するような会社で、あらかじめ金融機関に対して資金の融資を求めておくことが必要になっているのでしょうか。

 今回のコロナウイルスの感染拡大による影響を受けやすい事業構造になっているリクルート・ホールディングス(リクルートHD)を例にみてみましょう。

 リクルートHDの主力事業は、皆さまもご承知のとおり、①販売促進事業(結婚関係の「ゼクシィ」、国内旅行関係の「じゃらん」、飲食店関係の「ホットペッパーグルメ」の運営)と、②人材事業(「リクナビ・ネクスト」、「タウンワーク」の運営)の二つです。

 同社の2020年3月期の第3・四半期の決算短信を見てみると、2019年4月1日~同年12月31日の売上額は約1兆8097億円、営業利益は約2122億円であり、比較的順調に推移していました。

 この売上額から営業利益を引くと、9カ月間で約1兆6000億円のコストがかかっていますから、1カ月のコストは約1770億円になることがわかります。

 コストの多くは、上記のような事業内容ですから、オフィス関係の維持費、人件費、広告宣伝費、短期借入金の返済などで、売り上げが落ちても支出はあまり変わらない固定費に近いものです。

 従って、まだ集計結果が発表されていない2020年1月~3月の3カ月間にも約5300億円程度のコストが発生しているはずです。

 そして、同じく決算短信によれば、2019年12月31日現在の流動負債(1年以内に決済すべき債務)は4901億円ですから、これに上記の約5300億円のコストを加えると、未払いの負債は約1兆円程度になります。もちろん、コストは4月以降も発生します。

 他方、2019年12月31日現在の総資産額は約1兆9890億円であり、流動資産は総額約7939億円ですが、実際に返済原資となる現金・預金は約3920億円です。

 先ほどの約1兆円の負債を決済するには、単純計算でさらに約6000億円程度の資金が必要になります。

 もちろん、これまでの売り上げや、今後の売り上げからの入金が少なくても数千億円程度は見込めるはずですが、3月には今回のコロナウイルスの感染拡大によって結婚式や旅行や宴会などは軒並み自粛・中止になっていますから、今後の新規入金は昨年度とは比較にならないほど大きく落ち込むことは必至でしょう。

 普通であれば、保有資産を売却して手元資金を確保することも考えられるのですが、売却しやすいはずの株式の価値も大きく下がっており、売却すれば特別損失を計上しなければならない可能性もありますから、処分も簡単ではありません。

 このように考えてくると、リクルートHDがメインバンクなどに対して融資枠の設定を求めている4000億円という金額は、巨額ではあるのですが、これからの決済資金の手当てとして、そう余裕のある金額ではないのかもしれません。

 いずれにしても、コロナウイルスの感染拡大が多くの企業に計り知れない経済的打撃を与えていることは明らかです。

融資枠の設定とはどのようなことか

 それでは、問題の融資枠の設定とは、法律的にどのようなことでしょうか。

 簡単にいえば、企業と金融機関とが今後の資金融資についてあらかじめ合意して契約を締結しておき、将来、その企業が短期的資金が必要になったときに、相手方金融機関に対して融資を申し入れれば、相手方金融機関はあらかじめ定めた融資可能な金額(融資枠)の範囲内で、その企業に対して資金を貸し付ける義務を負うことを取り決めるものです。

 このような企業と金融機関との間で行われる将来の融資枠を設定する契約(特定融資枠契約)は、実は、今回初めて問題となったのではありません。この制度は、今から21年前の1999(平成11)年に制定された「特定融資枠契約に関する法律」(同年法律4号、特定融資枠契約法)に基づく制度なのです。

 ご承知のとおり、約30年前の1991(平成3)年秋に、バブル経済の崩壊による不動産の急激な値崩れなどによる経済混乱が始まりました。

 企業や国民も、しばらくは景気の回復に期待して何とか我慢をして持ちこたえていましたが、1995(平成7)年頃には金融機関による貸し剥がし(返済期限の書き換え拒絶による貸付金の強制回収)や貸し渋り(貸付審査の厳格化による新規貸付の拒否)などによる企業倒産や個人破産などが大きな社会問題になりました。

 一定の売り上げがあり、計算上は黒字のはずの企業でも、実際に販売代金が入ってくるのは数カ月先であったり、大きなプロジェクトの場合には半年から数年先になることもある。そのため、キャッシュが不足して、一時的に仕入れ代金などを支払うことができなくなって黒字倒産に追い込まれてしまう危険性が指摘され、そのような事態などを回避する手段として、1999年に特定融資枠契約法が成立したのです。

 この法律は、わずか3カ条だけの小さな法律ですが、取引先の企業(対象は一定の株式会社に限られます)と金融機関との間で特定融資枠契約が締結されていれば、将来、仮に企業が一時的に資金不足に陥るようなことになっても、金融機関は一定の範囲内で資金を貸し付ける義務を負うことになります。

 ですから、その企業の取引先にとっては売掛金などを支払ってもらえる確実性が高くなり、安心して取引を行うことができるようになります。

 そのようなことから、この特定融資枠契約は、一般にも、融資限度額やコミットメント・ライン(Commitment Line)の付与などと呼ばれて、企業の一時的な資金ショートに対する有効な予防的手段として注目を集めたのです。

なぜ、特定融資枠法による整備が必要だったのか

 なぜ、このような法律を制定することが必要だったのでしょうか。

 ある企業と金融機関との間で、将来、その企業が資金を必要とするときに、金融機関が一定限度額まで融資することを約束するだけであれば、お金の貸し借り(民法では、金銭消費貸借契約)の予約ですから、わざわざ新しい法律を制定する必要はないようにも思えます。しかし、金銭消費貸借契約の予約というだけでは不十分な点が二つあったのです。

 一つは、1999年当時の民法では、金銭消費貸借契約が有効に成立するためには、貸し手(金融機関)から借り手(企業)に対して実際に金銭が貸し渡されることが必要でした(民法587条)。

 貸し渡しの方法は、現金の授受でも、預金口座への振り込みでもかまいませんが、実際に金銭が動くことが要件でしたから(要物契約)、将来の融資を約束しただけでは、まだ有効な金銭の貸し借りが成立したとはいえなかったのです。

 しかも、金融機関としては、つぶれそうな企業にわざわざ融資して不良債権を増やすようなことはできませんから、仮に金銭消費貸借契約の予約が成立していたとしても、実際の貸し付けまでに借り手に信用不安が生じたときには予約としての効力を失うという特約が設けられるのが普通でした。

 結局、企業にとっては、仮に予約をしてみても、必要なときに融資を受けることは難しいのですから、ほとんどメリットがなかったのです。

 また、貸し手の金融機関にとっても、貸し借りの予約だけでは、まだ有効な金銭消費貸借契約が成立していませんから、借り手の企業から利息などを取ることができません。仮に金銭消費貸借契約の予約であっても、必要なときに金融機関から融資を受けられるのであれば、企業にとっては一種の信用保証になっていますから、金融機関は、手数料や保証料を取りたいところです。

 ところが、貸金の利息などの上限を定めている利息制限法は、その3条で、「債権者の受ける元本以外の金銭は、礼金、割引金、手数料、調査料その他いかなる名義をもってするかを問わず、利息とみなす」と定めています。つまり、手数料や保証料という名目であっても、この「みなし利息」に該当するので、金融機関は、実際に融資をした後でなければ、企業から手数料や保証料を取ることができない仕組みになっているのです。

 この規定は、もともとは悪質な貸金業者が手数料や保証料という名目で暴利を得ることを一律に禁止したものですが、この点がネックになって、金融機関は、企業との間で将来の融資を約束しても、信用供与の対価(保証料など)を得ることができず、メリットがなかったのです。

 そこで、これらの問題を解決するため、特定融資枠契約法では、一定の株式会社(単に「会社」ともいいます)が金融機関との間で特定融資枠契約を締結した場合、金融機関は、契約をした会社から融資の申し込みがあれば、設定した融資枠の範囲内で融資する義務を負うことになった半面、上記のみなし利息の制限などを定めている利息制限法3条および6条の規定などを適用しないことにして(特定融資枠契約法3条)、実際に貸し付けをする前に会社から契約で定めた保証料をとることができるようにしたのです。

 特定融資枠契約を締結することで、会社は金融機関から融資枠の範囲内で融資保証を得ることができる一方、金融機関は会社から保証料を得ることができることになって、〝ウィンウィン〟の関係ができたのです。

 なお、2020年4月1日から民法が改正され、書面でする金銭消費貸借契約については、実際に金銭の授受がなくても、金銭の引き渡しと同額の返還を相互に約束することで金銭消費貸借契約が成立すると改められましたが(これを「要物契約から諾成契約への改正」といいます)、それでも、貸し手が借り手から利息を取れるのは金銭の引き渡し後に限られていますから、特定融資枠契約法による融資枠契約を締結しなければ手数料や保証料をとることができないことに変わりはありません。

実際には融資枠の設定は簡単ではない

 これまでご説明したように、特定融資枠契約は、企業にも金融機関にもメリットがあるように思われますが、安易に将来の融資を約束して金融機関が貸付義務を負い、多額の不良債権を背負い込むようなことは、金融危機につながりかねず、適切ではありません。

 そこで、特定融資枠契約法は、金融機関と特定融資枠契約を締結することができる企業について、かなり厳しい制限をしているのです(同法2条)。

 この特定融資枠契約を締結することができるのは、
① 会社法上の大会社(特定融資枠契約法2条1号)
② 最終事業年度に係る貸借対照表上の資本金額が3億円超の株式会社(同条2号)
③ 貸借対照表上の純資産額が10億円超の株式会社(同条3号)
④ 金融商品取引法193条の2第1項の規定による監査証明を受ける必要のある会社で、有価証券発行会社(特定融資枠契約法2条4号)
⑤ 上記①~④の子会社(同条5号)—などに限られています。

 ここで、①の会社法上の大会社というのは、会社法2条6号で、その最終事業年度にかかわる貸借対照表上の資本金額が5億円以上の株式会社か、負債の額が200億円以上の株式会社と定義されていますから、どちらかに該当すれば、会社法上は大会社ということになります。

 日本全体の会社の数については、会社として商業登記をしている数か、税務申告をしている数か、事業所を構えている数なのかによって違いがあります。 総務省の調査によれば、実際に事務所を構えている会社は日本全体で約175万社あるとされています。そのうち資本金額が5億円以上の株式会社は約9500社(0.54%)にすぎません。③の資本金額が3億円超の株式会社も含めれば1万社は超えますが、いずれにしても、日本の企業の大部分を占める中小企業や個人企業は、この特定融資枠契約を締結することはできません。

 冒頭でも触れたように、この特定融資枠契約の締結が報道された会社が、トヨタ、日産、リクルート、JALなどという、いずれも日本を代表するような大企業であることは、このように制度的な制約がある結果なのです。

シンジケート・ローンの手法も利用されている

 このような特定融資枠契約は、ある会社と特定のメインバンク一行との間で締結しても構わないのですが、先に示した4社だけでも総額2兆2000億円に上ります。

 したがって、融資枠の設定を求められた金融機関にとっては、複数の会社と多額の特定融資枠設定契約を単独で締結することは、将来、膨大な額の不良債権を単独で抱える危険性を背負うことにもなりかねません。

 そこで、メインバンク一行で融資を請け負うのではなく、複数の金融機関で引き受けてデフォルト(債務不履行)などのリスクを分散し、過去のバブル経済の崩壊による金融危機の二の舞いを避けるための工夫も編み出されています。

 経済記事などでは、ときどき「シンジケート・ローン」という言葉が出てくるのですが、ご承知でしょうか。

 多額の資金の融資を求められている際に、ある金融機関が中心(幹事社)になり、他の金融機関にも声をかけて、複数の金融機関が共同で融資を実行する方式です。

 共同で融資をして、リスクを分散しながら、利益を分け合うところに着目して「シンジケート・ローン」と呼ばれるのですが、この方式を、融資の前段階である特定融資枠の設定についても応用して、現在では、複数の金融機関が共同で融資枠を設定することがむしろ普通になっています。

 報道によれば、冒頭に挙げたトヨタも日産もリクルートもJALも、すべて複数の金融機関が共同で融資枠を設定するシンジケート・ローン方式を前提としているようです。

エピローグ

 テレビでは、毎日、新型コロナウイルスの感染者数などが報道され、私たちはその発表を固唾をのんで注目しています。志村けんさんや岡江久美子さんの突然の死には、同世代の者のひとりとして大きなショックを受けています。

 この感染は、いつ、終息するのでしょうか。地下鉄もガラガラで、新幹線の自由席の乗車率が0%の列車もあったと報道されています。

 このまま多方面での経済活動が大幅に制限される事態が続くならば、将来の融資枠の設定による信用供与という形だけでは済まなくなり、多くの企業で実際に巨額の融資が必要な事態に陥ってしまうのではないでしょうか。その後の混乱は想像を絶するものになってしまうでしょう。一日も早い終息を祈るばかりです。

【筆者略歴】

須藤 典明(すどう・のりあき) 日本大学大学院法務研究科教授。司法研修所教官(民事裁判・第一部)、東京地方裁判所部総括判事、法務省訟務総括審議官、甲府地方・家庭裁判所長、東京高等裁判所部総括判事などを経て現職。弁護士。

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