かつてどこの家庭でも使われていた黒電話

【コラム】情報はどうやって伝えられてきたか

 かつて情報は音で表すものだった。

 ネットワークに対して通信を行うときもそうだったし、ストレージにデータを保存するときもそうだった。

 今ではデータを音として実感することなど、ほとんどないのではないだろうか。そろそろ前世紀の遺物として博物館行きが検討され始めるであろうFAXにその名残を残すくらいか。

 音でデータを表すとはどういうことか。

 コンピュータで扱うデータは、最終的には0と1に還元できる。例えば、小さな音なら0、大きな音なら1と決めておくとか、低い音なら0、高い音なら1と決めておくことで、「音でデータを表現したり、保存したりする」ことができる。

 初期のパソコン通信は、黒電話(がまだ使われていた時代だった)に、こぽっとかぶせるタイプの音響カプラと呼ばれる通信機器をはめて、ピーとかガーとか、まさにFAXそのものの音を出したり聞き取ったりすることで行われていた。

 黒電話は決してデータ伝送に向いたネットワークではなかったし、コードに直結するわけでもない、スピーカーで出した音を電話に聞かせる仕組みだったから、通信速度は無残なものだった。

 私が始めて使った音響カプラはカタログ値で300bps(毎秒300ビット)の速度でしかデータを送れなかった。通信速度などというものは各種のノイズやオーバーヘッドで、半分やさらにその半分にも落ちるものなので、文字だけのメールでも送受信にそれなりの時間がかかった。

 今は一般家庭向けのイーサネットやアクセス回線でも10Gbps(毎秒100億ビット)の速度があるから、比べるのも気が引けるほどの速度差である。

 データを保存しておくときもそうだ。そのころ、SSD(ソリッド・ステート・ドライブ。内蔵しているチップにデータを保存するもの)はなかった。ハードディスクすらなかった。最初に買ったハードディスクの容量は40MBだったと思う。高解像度の写真を1枚入れたらおしまいである。

 その前はフロッピーディスクと呼ばれるぺらぺらの磁気ディスクを使っていたが、保存できる容量は1MBほどだった。フロッピーディスクのいいところはUSBメモリのようにいっぱいになれば気軽に交換ができることで、それに対して(気軽には)交換ができないハードディスクが「固定ディスク」と呼ばれることもあった。

フロッピーディスク。右は裏面

 で、さらにその前はデータの保存にはカセットテープが使われていたのである。学生さんだと、まずカセットテープの説明から始めなければならない。音楽や会話を保存しておくための磁気テープで、これを再生する携帯型端末ウォークマンでSONYの名は世界にとどろいた。

 そのカセットテープにピーガー音を録音することで、データを保存していたのである。保存/読み出し速度は音響カプラと同じくらいだった。カセットテープだってデータの保存用に作られていたわけではないから、ノイズが入ってせっかく作ったプログラムが読み出せなくなることなど日常茶飯時だった。あのころ、データの喪失はいまそこにある危機だったのである。

カセットテープ

 カセットテープは、10分録音用、30分、45分、60分、90分、120分などさまざまなものがあったので、でかいデータのときには長いテープを買ってくれば対応できたのが救いといえば救いだった。もっとも120分テープあたりになってくるとテープが薄くなって録音品質が怪しくなってくるので、体感的なエラー率が上がるのが痛かったが。

 ちょっと長いプログラムだと読み出しを行うだけで数十分かかる。プログラミングとは、この待ち時間に食事や風呂をスケジューリングする工程も含む作業だった。

 音響カプラもカセットテープも、今の機器の快適さを思えばちっともいいものではなかった。懐古的に振り返るようなものでもない。でも、情報がどのようにコンピュータに蓄積されているのか、目にしたり、手に触れたりする機会がなくなったいま、例えばプログラミング教育などで子どもたちに体感してもらうのにはいいかなと思ったりもする。

 そういえば、FAXの音を聞けばだいたいどんな通信内容なのか想像できると豪語していたおじさんたちが結構いたけれども、あの人たちはどうしているだろうか。

【筆者略歴】

 岡嶋裕史(おかじま・ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「ブロックチェーン」(講談社)、「いまさら聞けないITの常識」(日本経済新聞出版社)など。

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