【コラム】感慨深い「6連戦」監督の殿堂入り 受け継がれる早慶の伝統

 野球殿堂博物館の今年の殿堂入りメンバーが発表された。その中でうれしくもあり、感慨深かったのが、特別表彰で選出された東京六大学リーグの2人の指導者だ。

 元慶大監督の故前田祐吉氏と元早大監督の故石井連蔵氏。ともに2度、母校の監督となり全日本大学選手権優勝の経験を持つ。プロ球界に好選手を送り込んだが、今回の殿堂入りで大きくクローズアップされたのが1960年秋の「早慶6連戦」だった。早大が2勝1敗で勝ち点を奪ってトップに並び、優勝決定戦に持ち込んだ。その決定戦は2試合続けて延長11回の末に日没引き分けとなり、再々試合で早大が3-1で勝って決着した。

 当時の東京六大学リーグはプロ野球に勝るとも劣らない人気を誇った。6試合で神宮球場に詰め掛けた観衆は計38万人にもなり、テレビが連日中継した。早大が優勝し、満員のスタンドに紙吹雪が舞う写真が1月15日の新聞各社の紙面を飾ったが、その熱狂ぶりがよく分かる。この6連戦は伝説となった。あれから60年という節目の年の粋な計らいに、かつてアマ野球を取材した身として拍手を送りたい。

 もちろん60年前のことは実際に見たわけではないが、お二人とは2度目の監督時代に記者として接した。前田さんは高知市出身で、城東中(現高知追手前高)時代に投手として甲子園大会に出場。47年のセンバツではベスト4に進んだ。高知の野球を全国レベルに押し上げた一人として知られ、慶大監督としての実績のほかアジア野球連盟事務局長として国際普及に努めた。モットーは「エンジョイ・ベースボール」。英語もうまく、米国の技術をいち早く取り入れ、学生の自主性を重んじた。楽しくプレーすることを信条としていただけに、球場の内外でいつも笑顔をたたえておられた印象が残っている。

 これに対して石井さんの野球は「一球入魂」だった。その師は学生野球の父といわれた故飛田穂洲(とびた・すいしゅう)氏。水戸中(現水戸一高)から早大に進んで初代監督を務めた。その後は朝日新聞の記者として甲子園や神宮で健筆を振るった。「先生(飛田氏)は私の人生の師」と慕った石井さんは、水戸一高から早大と同じ道を歩み、後年は朝日新聞で日米大学野球選手権の創設に尽力した。

 大学の卒業論文で私が飛田穂洲氏を取り上げていたこともあって、石井さんとは86年の日米大学野球(米ミシガン州)から親しくさせていただいた。そして前田さんとそろっての2度目の早慶監督時代を神宮で取材した。慶大はその時の教え子、大久保秀昭前監督が黄金時代を築いた。早大では石井さんのまな弟子である小宮山悟監督が昨年から指揮を執り、チーム強化に取り組んでいる。長い歴史を誇る早慶野球の伝統はこうやって後世に受け継がれていくのだろう。

【筆者略歴】

 後藤英文(ごとう・ひでふみ) スポーツジャーナリスト。共同通信では初代スポーツ専門特派員としてニューヨークで勤務。MLBワールドシリーズやW杯サッカー、NFLスーパーボウルのほか夏冬の五輪などを取材。元びわこ成蹊スポーツ大学教授。

あなたにおススメの記事


関連記事

スポーツ

ビジネス

地域

政治・国際

株式会社共同通信社