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【会社法入門講座⑤】株式の公開買い付け(TOB)の失敗ってどういうこと?

プロローグ

 しばらくぶりになってしまいましたが、読みやすくリニューアルして再開させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

  さて、この間、長年トップに君臨した日産自動車のカルロス・ゴーン被告が起訴されたことや、東芝や多くの会社の自社株買い実施、武田薬品工業やソフトバンク・グループやアサヒビールなどによる海外での大型買収、LIXILグループやアスクルなどの役員選任をめぐる対立などが大きく報道されました。

  どれも会社法にとって興味深いテーマを含んでいます。今回は、旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)による、ホテル運営のユニゾホールディング(ユニゾHD)に対する敵対的株式公開買い付け(TOBとも略称されます)の失敗について取り上げます。

HISによる株式の公開買い付けの経過

 HISは7月10日、事業の拡大を図るため、ビジネスホテルなども手掛ける不動産業のユニゾHDの株式を対象に、8月23日までの間、1株3100円で公開買い付けを行い、持ち株比率を最大45%まで拡大することを発表しました。

  ユニゾHDは、旧日本興行銀行(みずほホールディングス)系列の東京証券取引所第1部上場企業ですが、アニュアル・レポート(2019年版)によれば、3月31日の時点での発行済み株式総数は約3422万株でした。実は、HISは既に約155万株(4.52%)を取得していて、筆頭株主になっていたのです。

 今回のHISによるユニゾHD株式の公開買い付け価格は1株3100円でしたが、ユニゾHDの株価は市況全般の低迷を受けて2000円前後で伸び悩んでおり、公開買い付け発表前日(7月9日)の終値は1株1990円でした。つまり、HISはこれよりも約56%も高い価格を設定したのです。

 これだけ見れば、売買差益を目的とする株主にはメリットがありそうですから、公開買い付けに応じる株主が出てきてもよさそうですが、実際には、買い付け期限の8月23日までに応じた株主はなく、HISの公開買い付けは失敗に終わりました。

株式の公開買い付けとは何か?

 まず、HISが行おうとした株式の公開買い付けとは、どのようなことでしょうか。

 簡単にいえば、ある会社が、別の上場会社の株式を、東京証券取引所などの市場取引によらずに、市場外で買い付けることを指しています。

 アメリカで発達した会社買収の手法の一つで、多くの場合、Takeover bid(略してTOB、奪取・乗っ取りのための買い付け)、すなわち、別の会社の経営権を奪うための敵対的な株式の公開買い付けを指すものです。

 もっとも、実質的にこれとは反対の友好的な買い付け(Tender-offer bid)も同様にTOBと略されますから、単にTOBというだけでは、敵対的なものか、友好的なものかが分かりません。そこで、わざわざ敵対的TOBとか友好的TOBと書かれたりします。

HISはなぜユニゾHD株式の公開買い付けを行おうとしたのか

 ユニゾHDが嫌がっているのに、HISは、なぜ、公開買い付けを行おうとしたのでしょうか。HISの沢田秀雄会長は、今回の公開買い付けに際して、ユニゾHD傘下のビジネスホテルを手に入れて、ホテル事業を拡大したい、と述べていました。

 事業拡大の方法としては、自前で用地を取得して一つずつホテルを建設して開業させていくことも考えられますが、それでは、時間がかかる上、立地のいい場所は既存の業者に押さえられているのが普通ですから、開業しても競争に勝てるとは限りません。

 そこで、現に営業しているホテル・チェーンを買い取れば、時間もリスクも少なくて一挙に事業を拡大することができるというわけです。企業の合併・買収(M&A)が活用されるわけです。

 ちなみに、M&Aは、Mergers & Acquisitions (マージャーズ アンド アクウィジッションズ)の略語で、会社の「合併」と「取得」という意味ですが、今回の株式の公開買い付けは、このM&Aの手法の一つです。

株式の公開買い付けは、会社法ではなく、金融商品取引法で定められている

 このように、株式の公開買い付けという方法は、会社買収などの手段として利用されるものですから、会社法に規定があってもよさそうですが、日本の現在の会社法には関係の規定がありません。

 2014(平成26)年に現在の会社法が制定された際にも議論はありましたが、株式は広い意味での「金融商品」の一つであるという理由から、株式の公開買い付けについては、金融商品取引法(2006(平成18)年法律65号で旧証券取引法を全面改正したもの)の27条の2以下で定められました。

 公告や届出などが必要で、複雑な制度になっていますが、要点は、上場会社の株式を東京証券取引所などの市場取引によらずに、市場外で買い付けようとする者において、買い付け後の株式所有割合が5%を超えることになる場合には、原則として金融商品取引法が定める公開買い付けの方法によらなければならないとするものです。公開買い付けの期間中は、市場で対象会社の株式を取得することが禁止されます。

 また、ある会社が公開買い付けによって対象会社の株式の3分の2以上を買い付ける場合には、その全株式を買い付けなければなりません。いずれにしても、市場外での買い付けが対象ですから、東京証券取引所などの市場だけで株式を買い集める場合は、金融商品取引法による規制を受けることはありません。

なぜ、1株3100円の高値を付けたのか

 今回、HISはユニゾHDの経営権を取得するため、1株3100円で発行済み株式の45%を取得しようとしたのですが、なぜ、1株3100円だったのでしょうか。もちろん、HISがユニゾHDの株式は1株3100円くらいの価値はあると考えたからでしょうが、問題は、なぜ、1株3100円くらいの価値はあると考えたのかということです。

 ユニゾHDのホームページに掲載されているIR情報(投資家向け情報)によれば、昨年4月1日から今年3月31日までの1年間のユニゾHDの売上高は約560億円でしたが、その総資産額は、12倍以上で約6815億円に上ります。

 本業は不動産業ですから、貸しビルなどの固定資産を約5150億円も所有しています。これに対して、発行済み株式数は約3422万株ですから、単純に1株当たりの資産額を計算してみると、なんと約1万9915円になります。

 ただ、借入金などの負債を優先的に返済しなければなりませんから、総資産額から負債総額約5725億円を差し引くと、純資産額は約1091億円になります。仮に今、ユニゾHDが倒産したとすると、この約1091億円相当の財産が残余財産として株主に分配されることになります。

 分配費用も必要ですから、3%(約30億円)程度の費用を見込むと、残余財産分配の原資は約1061億円になります。そこで、これを総株式数の3422万株で割ると、株主は、1株当たり約3101円の残余財産分配金をもらえるという計算になります。

 いかがですか。この金額は、HISが買い付け価格として提示した1株3100円とほぼ同額ですね。このようにみてみると、HISが提示した3100円は、決して高い数字ではなかったのです。むしろ、ユニゾHDの株価が割安すぎただけなのです。

なぜ、発行済み株式の45%でも会社の経営権を取得できるのか?

 HISは、ユニゾHDの経営権を取得しようとしたのですが、なぜ、株式の全部取得ではなく、3分の2でもなく、過半数でもない、45%の取得だったのでしょうか。本当のところは、HISの沢田会長に聞いてみないと分かりませんが、会社法のメカニズムと、HISの財務内容から、ある程度の推測ができます。

 まず、会社法のメカニズムをみてみましょう。

 HISとしては、ユニゾHDの実質的な経営権が手に入ればいいのですから、発行済み株式全部の取得にこだわる理由はありません。しかも、最初に説明したとおり、ユニゾHDはみずほHD系列の会社ですから、系列の各社はユニゾHDの株式を簡単には手放さないでしょうし、長期保有を前提とする機関投資家の多くも簡単には売らないでしょう。

 HISがユニゾHDの発行済み株式の全部(約3422万株)を取得できる可能性は、実際問題としてなかったのです。同様に、その3分の2を超える株式を取得することも不可能だったでしょう。そのような意味で、HISは、ユニゾHDの経営を実質的に支配することができるギリギリの数を取得することで折り合うしかなかったのです。

 HISとしては、経営を実質的に支配できる程度の株式数を買い集められれば十分ですし、経済的にも無駄な支出を抑えることができますので、買い付け株式数を一定数に絞ることは、一石二鳥の効率的な方法なのです。

 それでは、どの程度の数の株式を保有すれば対象会社の経営を実質的に支配することができるのでしょうか。

 上場会社などの公開会社では取締役会が設置されており、会社の経営方針は取締役会で、取締役の過半数の賛成で決定されます。従って、対象会社の経営を実質的に支配するためには、取締役の過半数を自分の意向で選任できればいいのです。

 冒頭でも触れたように、LIXILやアスクルでそのような争いになりました。もちろん、取締役の選任は、株主総会の普通決議(発行済み株式の総議決権の過半数の株主が出席し、その過半数の賛成が得られたこと)で行われ、1株1議決権が原則ですから、発行済み株式総数の2分の1(=50%)を超える株式を保有していれば、自分の意向に沿う人物を取締役に選任して、対象会社の経営を実質的に支配することができるようになります。

 実際には、全ての株主が株主総会に出席して議決権を行使するわけではありませんし、日和見投票をする株主もいますから、50%よりもはるかに少ない株式数で会社の経営権を実質的に支配することも可能です。

 また、過半数よりも少ない、発行済み株式数の3分の1を超える程度の株式を取得することも考えられないではありません。

 3分の1では、取締役を自由に選任することはできませんが、例えば、合併や事業の譲渡や第三者に対する株式の有利発行など、会社の重要な意思決定の場面では、株主総会における特別決議が必要とされており、株主総会に出席した株主の総議決権の3分の2以上の賛成が必要になりますから、発行済みの株式の3分の1を保有していれば、その拒否権を持つことになるからです。

 しかし、実際問題として、今回のHISの公開買い付けは、ユニゾHDやみずほ銀行系列の各社を敵に回しての買い付けであり、ユニゾHD側は、経営権を奪われないように株主に働き掛けますから、HISとしては、やはり総株主の総議決権の50%近くを押えていないと、取締役の選任も確実ではありません。また、3分の1では、そもそもHISの公開買い付けの本気度が疑われてしまうでしょう。

HISの財務に資金的余裕はあったのか?

 もう一つの視点は、HISの財務面からの制約です。

 先にも触れたように、会社買収の具体的な手法としては、対象会社の発行済み株式の全部を取得することも考えられますが、全株式を取得するには多額の費用が必要になります。ユニゾHDの発行済み株式数は約3422万株で、HISは既に約155万株(4.52%)を保有していましたから、仮に、残りの約3267万株全部を1株3100円で取得しようとすると、総額で約1013億円弱プラス手続き費用の資金が必要になります。

 これに対して、45%であれば、あと1385万株ですから、約403億円程度プラス手続き費用で済むことになります。

 そこで、HISのホームページに掲載されているIR情報を見てみると、今年7月31日現在のHISの総資産額は約6387億円で、そのうち流動資産(1年以内に換金して使える金額)は、現金・預金約2350億円を含めて、約3750億円でした。

 一方、1年以内に支払わなければならない流動負債が約3021億円ありますから、これを差し引くと、当面の資金余力は約729億円という計算になります。

 従って、残りの約3267万株全部を1株3100円で取得するには資金不足です。HISの発表では、45%を取得する費用として約427億円を見込んでいたようですから、これなら、約300億円の手元資金を残すことができます。

 このように考えてくると、45%という数字は、実質的な経営権を取得するための会社法のメカニズムや、HISの財務内容に照らして、ちょうどいい数字だったのではないでしょうか。

HISの公開買い付けはなぜ失敗したのか?

 それでは、HISとしては慎重に検討したはずの今回の公開買い付けが失敗した理由は、何だったのでしょうか。

 直接の理由は簡単です。既に説明したとおり、HISによる公開買い付けが発表されたとたんに、ユニゾHDの株価が急騰したからです。発表前日には1株1990円だった株価が、7月10日にはストップ高の2390円、翌11日にもストップ高の2890円になって、12日にはHISが提示した公開買い付け価格3100円を超えてしまいました。その後も株価は上昇し続けましたから、株主にとって、公開買い付けに応じるのはわざわざ損をするだけになったからです。

なぜ、ユニゾHDの株価は高騰したのか?

 一般的には、公開買い付けの対象となった株式の価格が上昇することは珍しいことではありません。しかし、それでも、約2000円前後の株価が倍の4000円前後まで高騰することは、そう起こるものではありません。

 先ほど、説明したとおり、ユニゾHDは、総資産額が約6815億円で、純資産額は約1091億円でしたから、1株当たりの総資産額は約1万9915円にもなりますし、1株当たりの純資産額も約3188円程度になるのです。

 その結果、HISが提案した1株3100円という買い取り価格は、実は理論上の株式価値の下限の数字だったのです。ここに、今回の公開買い付けをきっかけにユニゾHDの株価が高騰した本当の理由があるのです。

 さらにいえば、HISの年間の売上高は昨年10月31日の決算では約7285億円だったのに対して、ユニゾHDの年間の売上高は今年3月31日の決算では約560億円でしたから、13倍もの差があることになります。

 これだけを見れば、今回の公開買い付けは、規模の大きなHISが規模の小さなユニゾHDを飲み込むようなイメージになります。しかし、実態は、そうではありません。

 それぞれの直近の総資産額を比較すると、事業年度の設定の違いから決算時期が少しずれますが、ユニゾHDは約6815億円であったのに対して、HISは6387億円ですから、総資産額ではユニゾHDの方が大きな会社なのです。

 しかも、それぞれの年間の純利益額を比較すると、ユニゾHDが119億円であったのに対して、HISは110億円ですから、純利益額でもユニゾHDが勝っているのです。

 ちなみに、HISの売上額は約7285億円ですから、純利益率はわずか1.51%にすぎません。HISの格安旅行業は本当に薄利多売であることが分かります。

 これに対して、ユニゾHDの売上額は約560億円ですから、純利益率は21.25%であり、HISの14倍という極めて効率の良い経営状況なのです。ここに、HISがユニゾHDの経営権を取得しようと考えた、本当の理由の一つを見てとることができます。

エピローグ……大山鳴動(たいざんめんどう)してネズミ一匹の結果だった

 今回のHISによるユニゾHDの株式の公開買い付けは、ユニゾHDの株価が極めて割安であったことに目を付けて、総額427億円程度の費用で発行済み株式の45%を取得し、ユニゾHDの約6815億円もの総資産と利益を取り込もうとしたのですから、本当にクレバーな判断だった、と思います。

 もっとも、公開買い付け(TOB)に失敗したといっても、今回は全く応募がなかったのが不幸中の幸いでした。HISにとっては、資金の中途半端な流失はなく、大きな経済的損失は生じませんでした。ユニゾHDも、社会的な認知度が上がり、懸案だった株価の上昇を実現することができました(9月25日の株価は4295円です)。

 しかも、今回のような敵対的な会社買収に対する備えが必要であることを改めて認識したことでしょう。

 双方の関係者は大変だったと思いますが、「大山鳴動して、ネズミ一匹」、どちらも大きな損を出さずに収束しました。双方にとって、いい教訓が残ったのではないでしょうか。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 次回もよろしくお願い申し上げます。                (以上)

【筆者略歴】

須藤典明(すどう・のりあき) 日本大学大学院法務研究科教授。司法研修所教官(民事裁判・第一部)、東京地方裁判所部総括判事、法務省訟務総括審議官、甲府地方・家庭裁判所長、東京高等裁判所部総括判事などを経て、現職、弁護士。

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