【コラム】子どもの自主性を重んじる教育が成功しないワケ

 ルールって意外と大事だ。

 どんなルールを作るかで、作った人の考えがおおむね分かる。そのルールを適用された側の思考や行動も縛られる。

 例えば、ぼくが勉強している分野だとルールとは言わずにプロトコルと呼ぶが(“IT屋”は、シンプルなものに複雑な名前をつけるのが昔から大好きだ)、イーサネットという構内通信のアドレスルールを見れば、イーサネットが構内通信用のルールだと知らなくても、「ああ、身近な場所との通信しか考えていないな」と分かるし、IP(インターネットの通信ルールである)というネットワーク間通信のアドレスルールからは、世界を相手に通信する気がまんまんであることが伝わってくる。

 最近、仕事で作らされることが多いセキュリティーポリシーは、安全に関する会社内ルールである。セキュリティー事情は各社各様なので、法律などで一律に縛ることが難しいから、「まあ、各会社さんで頑張って作ってね」と丸投げされているわけである。

 だから、会社ごとに異なったポリシーがあるのが大前提ではあるのだが、本当にいろいろなポリシーがあるのだ。上司に付き合って、用もないのにサービス残業で席を温めていなければならない夜などに、見比べてみると楽しい。

 立派な理念をうたっているものの(だからこそなのか)、守らせる気がないセキュリティーポリシーもある。社員に立派な行動を求めすぎていて、最初から守るのが無理なやつである。

 送信するすべてのメールに局長の承認が必要とか、ウェブページの閲覧に理由書の提出が必要とか、挙げていけば枚挙に暇がない。局長が早帰りしたり風邪で休んだりすると業務がいきなり滞る。というか、時間単価の高い人にそんな仕事をさせるって生産性はどうなのか。ウェブページの閲覧に1日単位の時間がかかるのであれば、ビジネスチャンスは指の間をことごとくすり抜けていくだろう。

作った人の思惑は分からない。守れると思っているのであれば、現場を知らないことになるし、守れないことが分かっていて、「でも、このルールさえあれば、事故が起こったときに『ルールを守らなかった人が悪い』って言えるもんね」とアリバイ工作をしているのであれば、人が悪い。どちらにしろ闇の深い話である。

 いま気になっているのが、小学校でプログラミング教育を必修化する施策である。

 2020年度から小学校でプログラミング教育を教えることになる。しかも、必修で。私自身はプログラミングが好きだし、自分の好きなものを他の人が知ってくれるのはうれしいから単純に喜んでいるが、同時にあれをみんながみんな好きになるとは到底思えないし、みんながコードを書けるようになる必要もないと思う。

 これまでの文書を見る限り、文科省もそう考えているはずで、あれは手を替え品を替え行われている児童・生徒の自主性を重んじる授業の一環として導入されるのだと考えた方がいい。ずっと昔から言われ続けている、暗記型の詰め込み教育じゃなくて考えさせる授業をしよう、ということで、教員に無理矢理やらされるのではなく児童自らが進んで参加する授業だ。思えば、ゆとり教育の目的もこれだった。

 これまでにPBL(問題解決型学習)、アクティブラーニング、反転授業、グループディスカッション、ディベート、起業体験…、さまざまな施策で児童を鼓舞して自分から授業に臨んでもらおう、考えてもらおうとして、ほとんどが失敗してきた。

 能動的な学習は、能力の高い層にしか無理だとか、日本の子どもたちには主体性がないと言うのは簡単なのだが、おそらく採点評価の方法、そのルールがこの問題をより強固に決定づけている。児童にとって重要なのは成績である。それは小学校低学年の子でも同じである。悪い点よりは、良い点が欲しい。

 そのとき、評価方法が減点方式になっているのであれば、積極的な参加など自殺行為である。おそらく設定されているであろう「正解」に対して、ヒントなしで授業に能動的参加など果たしてしまったら、ポイントがどんどん下がっていくのは自明である。そんな危険な行為は採用できない。

 だから、子どもたちは先生に何と言われようと、先生が正解らしきものをほのめかすまで、貝のように押し黙っているのが最適戦略になる。水を打ったように静かな教室の中で、子どもたちは採点方法を熟慮し、最適戦略を正しく実行した結果である。

 本当に教育を変えたいのならば、「多様性が大事です」と言った舌の根も乾かぬうちに黒髪染めを強制したり、「たくさん失敗して」と言っているのに失敗したら容赦なく減点したりするようなダブルバインド(二重拘束)から、まず児童を解放しなければならないと思う。

【筆者略歴】

    岡嶋裕史(おかじま・ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「ビッグデータの罠」(新潮社)など。

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