【コラム】人工知能(AI)の囲碁はどこに向かうのか

 「次に世界をリードするのは何か?」―。この質問に「人工知能(AI)」抜きでは語れない時代になりました。

 そのAIの発達に拍車を掛けたのが、グーグル傘下の英ディープマインド社が開発した囲碁AIです。人間のデータを元に自己学習する「アルファ碁」と、人間のデータなしで自己対局を繰り返す学習法を取り入れた最新作の「アルファ碁ゼロ」です。

 碁盤の上の変化数は、10の360乗以上という無限に近い数字であるために、AIが人間の囲碁レベルを超えるには、あと10年はかかるだろうといわれていたのですが、その常識を塗り替えました。ちなみに、将棋は10の220乗、宇宙にある原子の数は10の80乗とされています。

 コンピューターがこの世に生まれて以降、「囲碁界では、いつ人間を超えられるか?」というテーマは、世界の囲碁プレーヤーとコンピュータープログラマー、数学者たちの“合い言葉”に近い共通の話題でした。

 それほど難しいと思われてきた「囲碁」というゲームを、グーグルのスーパーコンピューターを使用し、日々、自己学習を繰り返すことで人間より強くすることに成功しました。

 その後、ディープマインド社は英科学誌ネイチャーに論文を発表し、その論文をもとに、今は各国のAI企業、コンピュータープログラマーがアルファ碁のクローン的な囲碁AIを開発しています。

ヒースロー空港に英国の各分野のポスターが飾ってあり、科学部門には英ディープマインド社のポスターが選ばれている=2018年5月

 5月2日にフェイスブックがオープンソースの囲碁ボット「ELF OpenGo」を発表するなど、刻々と進化する囲碁AI界において、かつてのテーマ「いつ人間を超えられるか?」は、「どのAI囲碁が一番強いか?」に移っています。

 囲碁が、なぜここまで人工知能研究者たちに注目されるのか―。それは囲碁が持つゲーム性にほかなりません。

 決まったサイズの中(盤上)で交互に二つのグループ(白と黒)が陣地を競い合う単純なゲームは、“効率性を上げる事”が勝因につながります。

 「効率性」は経済効果に直結します。例えばグーグルは「アルファ碁」のアルゴリズム(演算の手順)を応用して、コンピューターシステムの冷熱を40%下げることに成功しました。

 今は株価の分析、医療への貢献など、未来に向かって果てしない可能性を感じさせてくれています。

 では囲碁のプロ棋士である私の目から見たAI囲碁は、どんなものでしょうか。

 アルファ碁が2016年の年末から17年の年始に、世界のトッププレーヤーに名を伏せて、インターネットで60連勝の快挙を成し遂げた時の衝撃は、すごいものでした。

 結果は、もちろんのこと、その打ちぶりに世界中の囲碁プレーヤーは度肝を抜かれました。

 「こんな打ち方で勝てるんだ!」―。何千年の囲碁史、何百年のプロ棋士の“常識”が根底から覆され、常識の呪縛から解き放たれた一瞬でした。

 そして17年5月にグーグルが中国浙江省の烏鎮(うちん)で開催した、「世界最強」とされる中国の棋士・柯潔九段とアルファ碁との3番勝負。対局前日まで、開催が危ぶまれるほど、中国政府がグーグルに対してピリピリし、中国の一般メディアを閉め出し、グーグルという名は一切使用しない中で行われました。

 私は日本棋院の役員枠で対局場に入室が許された唯一の日本人として、歴史的な一瞬に居合わせました。

 結果はアルファ碁の3連勝。それをもってアルファ碁が引退宣言をしました。

英ディープマインド社のカリスマ的な存在のリーダーのデミス・ハサビ氏(左から3人目)と筆者(左から2人目)=中国の烏鎮

 40年以上も世界中のコンピュータープログラマーたちが夜を徹して話し合った“その日”に居合わせた興奮と喪失感で、その晩は眠れず、朝方にやっと今、自分と囲碁界が、まるで「ブラックホールへ投げ出された」ことに気付かされたのです。

 その日まで信じられていた人間の常識が消されたとき、私たちはどうするのか…。先に亡くなったホーキング博士は「AIを完全に開発したら、それは人類の終焉(しゅうえん)を意味する」と発言しています。

 果たして、私たちはどこに向っているのでしょうか?

【筆者略歴】

小林千寿(こばやし・ちず) 日本棋院六段。1954年長野県松本市出身。故木谷實九段門下。72年入段。76年と77年に棋道賞女流賞を受賞。2000年に通算300勝達成。女流タイトル6回獲得。現在、日本棋院の常務理事。

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