【コラム・一粒の豆から】長い、長いトンネルの先に…

 こんにちは。京都市の寂れた商店街の一角でコーヒー焙煎(ばいせん)店「Quadrifoglio」(クアドリフォリオと読みます、イタリア語で四つ葉のクローバー)を営んでいる山口義夫です。前回は、勤務していた喫茶店が急に閉店することになった一方、焙煎の世界に魅せられ、自分専用の焙煎機を買うと決めたところまで、お話をさせていただきました。さて、今回は、私の店「Quadrifoglio」がオープンするまでの話です。コーヒーでも飲みながら少しお付き合いください。

焙煎機を前に自問自答

 勤めていた喫茶店が閉店の日を迎え、そこでの仕事は終了しました。雇用保険など必要な手続きを行い、私は晴れて失職の身になりました。

 閉店前に発注していた、焙煎機はまだ届いていませんでした。私が発注した時点では、最終製作の段階だったからです。納期は未定とのことでした。焙煎機として、もっとも重要な技術の一つである、生豆を焙煎する際の「熱エネルギー」に対し、しっかりとした概念をもって製作しているという直感がありました。届くまでの長いワクワク時間の始まりです。

 焙煎機がやってくるまでに、やらなければならないことを処理しようと考え、リストアップしましたが、ほとんど手を付けていませんでした。こちらは失職中でしたので、時間だけは、たっぷりありました。焙煎機以外の必要な備品をそろえる、コーヒー豆の購入先を探すなどなど。最大の案件は焙煎機をどこに置くのか、でした。テレビよりも大きい、熱も持つ、音も出る…。散々迷った挙げ句、自宅マンションのリビングに設置することにしたのです。

 2006年3月、待ちに待った焙煎機をリビングに設置しました。少し、いや相当に変わった「焙煎屋の卵」が誕生しました。リビングに鎮座している焙煎機は使い勝手が良さそうでした。「2~3年後には店をオープンできるだろう」と安易に考えていました。

マンションに設置した焙煎機

 これは大きな間違いでした。自分が納得できる豆がつくれるまで、想像を超えた、多大な時間が必要でした。私はこれまでに焙煎の経験があったので、豆を煎る作業については、新しい焙煎機でもすぐに慣れました。豆の芯まで火が通っていることを確認し、新たに焙煎の温度の記録を取り始めました。

 しかし、焙煎した豆の味のイメージが、私の味覚とずれていることに気が付きました。何回も何回も、テストを繰り返しましたが、味のずれについては改善できませんでした。なぜずれてしまうのか、焙煎機を前に自問自答の毎日でした。生豆の選択の問題か、焙煎する際の生豆の投入量なのか、焙煎する時間なのか…、ここから長い、長いトンネルに入ってしまいました。

「一点引っ掛かるもの」を克服

 今振り返ると、私には焙煎の技術はあるのだというおごりがあったようです。自分の思い通りにいかない日々が続きましたが、あの状況は、今になってむしろ良かったのかもしれません。もちろん、あの段階でも、普通に味わえるコーヒー豆にはなっていたと思いますが、私の相棒である焙煎機の能力を十分に発揮させていない、と感じました。

 自分の五感を総動員しながら、試行錯誤を重ねるしかありませんでした。そのうち、おぼろげながら自身の理論のようなものが浮かび上がってきました。焙煎は、おおざっぱに言って、生豆に熱を加えることで、豆の内部が変化し、自分が理想としている豆の状態を追求する作業です。

過去に記録したデータの数々

 生豆に外部から熱を加える→豆の内部が分解される→自分の追い求める豆ができる、という、このサイクルの中で、どれくらいの時間で、温度は何度でローストするのか、まるで化学の実験のようだ、と思い始めました。

 化学変化においては、非常にゆっくりと変化する物質がある一方、マグネシウムと水との反応のように瞬時に爆発的に反応が起きるものもある。コーヒーにも、自分が納得できる豆の変化に仕上がるためには、適正な時間や温度があるのではないか。その時間内に必要とする熱カロリーを供給できれば、良い物が生まれると考えました。

 その考えに基づいて、これまた試行錯誤の連続。そのうち、少しずつ改善されていきました。「これならいけるのでは」と自分なりに満足できるものができました。ただ、最大の理解者であり、かつ壁というべき妻が「どこのお店で飲むコーヒーよりおいしいけど、何か一点引っ掛かるものがある。それが、何か分からないけど…」と感想を言ってくれました。

 「一点引っ掛かるもの」―。それが何なのか、また追求の日々が始まりました。焙煎する時間、温度の記録帳を眺める、その繰り返しでした。ある時、フッと目に止まる数値がありました。思い付いて、以前の記録を見直し、出来栄えを比較しました。まさに、この数値こそが、最大のポイントではないかと確信しました。

 その数値を中心に作業工程を構築し、実践してみました。自分の考えと実践の結果が合致していきました。数値を基に、何回も焙煎した結果、同じ状態が再現できました。「これならいける」と妻に飲んでもらったところ、「もう人に出しても大丈夫じゃないの」とお墨付きをもらいました。

 ここに来るまで、気が付けば6年超の歳月が経過していました。こうして2013年3月に今の場所に、店をオープンすることができました。開店に際しては、多くの人のお力添えをいただきました。前回、ご紹介した、東京都台東区に名店「カフェ・バッハ」をオープンさせ、日本のコーヒー界を支えてきた第一人者で、私の師匠、田口護先生には大きなご助力をいただきました。

 開店して今年で6年目になります。素材の持つポテンシャルを最大限に引き出してあげて、お客さまに提供すること、おごることなく、日々努力を続けること―これが焙煎屋の仕事だ、としみじみ思います。

 それでは、Quadrifoglioの今月のお勧めです。

【Quadrifoglioの今月のオススメ】

 今回は、昔から親しみのある国名、コロンビアのコーヒーのご紹介です。天空のコロンビアSUP シティロースト。100グラム650円。

 コロンビアで天に最も近い場所と称される地方で栽培されたコーヒー豆なのでこの名前が冠されています。焙煎は、コーヒーらしい香味を出してくるシティローストに仕上げました。カップのコーヒーを飲むと実際の焙煎深さより軽やかに感じる印象です。

 コーヒーの酸味、甘味、苦味のバランスが良く口当たりの良さも手伝って、もう一杯と言いたくなる香り高いコーヒーです。焙煎には少し手間の掛かる素材ですが、なるべくリーズナブルに提供したい、と頑張っています。

天空のコロンビアSUP シティロースト

【筆者略歴】

山口義夫(やまぐち・よしお) Quadrifoglio(京都市下京区西七条北東野町27-2、電話075-311-6781)経営。http://www.quadrifoglio-coffee.com/

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