【コラム・一粒の豆から】科学的探究心からのめり込んだコーヒー焙煎への道

 こんにちは、京都の寂れた商店街の一角でコーヒー焙煎(ばいせん)店「Quadrifoglio」(クアドリフォリオと読み、イタリア語で四つ葉のクローバーの意味)を営んでいる山口義夫です。

 前回は品質にこだわった「スペシャリティコーヒー」の話をしました。今回は私がコーヒー業界に身を置くようになったきっかけについてお話しします。私がコーヒーの仕事に携わったのは50歳のときです。世間でスペシャリティコーヒーという言葉が聞かれるようになり、一般社団法人日本スペシャルティコーヒー協会が創設された2003年です。

 それまでは、金属加工の部品の図面を描いたり、金属加工工場の立ち上げに関わったりする会社におりました。ただ、仕事で無理をしてしまい、体力、免疫力の低下から入院をする羽目になり、実に7カ月間の入院生活を余儀なくされました。退院後、退職を決意した際、当時の職場の上司から、「知り合いがコーヒー屋をオープンするので、そこで出せるコーヒーをつくってほしい。豆の焙煎の仕事をやってみないか」と声を掛けられたのがきっかけでした。そのとき言われたのは「コーヒー豆の焙煎の手順は教えるが、その先は自分で考えてください」という、今から思うと、そんなに甘い言葉ではありませんでした。

 そもそも、焙煎とはなんでしょうか。一般的にコーヒーの豆は、浅い焙煎だと酸味が強くなり、深い焙煎だと苦みが強くなると同時に酸味がなくなります。もちろんその当時は、そんな基本的な知識さえ全くありませんでした。

 焙煎のやり方で教えてもらえるのは、手順のみという条件の中、私が「はい」と答えれば、戻るためのはしごのない舞台に上がるようなものです。結局、どう答えたかといえば、「はい、やります」の言葉でした。それまでの人生を振り返ってみても、岐路では、「やらないで後悔するより、やって後悔する方がいい」という楽観的な判断が多かった。あの一言で、特に違和感もなく“焙煎屋”の道に進みました。

 新規オープンまで時間がありました。普通の人なら知識を得るために、有名なお店を回ったり、焙煎職人を訪ねたりすると思うのですが、私の採った方法はいつも強い味方である「書籍」、つまり、コーヒーや焙煎に関する本をまず手に入れることでした。

 書籍で理論を学ぶのと並行して、実際に焙煎を試してみるという実践もしたい、と考えました。インターネットでちょうど良さそうな焙煎器を見つけ、自宅で手順を直接確認できました。それは「アウベルクラフトの小さな焙煎器で、価格は約1万円でした。

アウベルクラフトの焙煎器

 小さな機械で焙煎したコーヒーを飲んでみると「あれっ、今まで買っていたのよりおいしく感じる」と正直、驚きました。それで、どんどんのめり込んでしまいました。

 本と焙煎テストで知識を得ながら、いよいよ、私の職場となる店に、大きな焙煎器が設置されました。実際、動かしてみると、本に書いてある通りに焙煎手順が進んでいくことにびっくりしました。周囲からは「これなら教える必要ないな」との声も出て、無我夢中でコーヒー豆づくりに取り組みました。

 店で新商品のテスト焙煎を重ねていくと、本に書いてある現象が確認できました。小さな焙煎器で起きた現象と、同じ現象が大きな焙煎器でも確認できる。「何だか科学の実験をやっているような気分だ」と感じました。もともと理系人間だった私の「科学的探究心」をくすぐり、「焙煎は科学」だと実感するに至りました。

 自分が立てた予測と違う結果が出たときは、なぜそうなったのか自問自答する毎日でした。焙煎で何の問題もなくうまくいくときもあれば、同じような手順でやっても、納得できないときもある。「この違いは何か」―。焙煎の温度記録を見ながら少し変えてみると、新たな発見がありました。作業は、予測→焙煎→検証の繰り返しでした。その作業をひたすら毎日繰り返しながら、少しずつ、納得できる焙煎ができるようになってきました。

 どんな仕事にもいえることですが、その業務の理解が進めば進むほど、「疑問」の数も増えてきます。この頃になると独りでの模索も限界が見えてきました。相談相手の必要性を感じるようになり、白羽の矢を立てたのが、私が参考とした書籍「田口護の珈琲大全」を著した田口氏でした。

 田口氏は1968年、東京都台東区に名店「カフェ・バッハ」をオープンさせ、日本のコーヒー界を支えてきた第一人者です。海外でもレジェンドと呼ばれています。田口氏のすごいところは、コーヒーの知識を惜しげもなく披露し、今でも探究心を持ち続け、「おいしい一杯」にこだわっていることです。

 田口氏にコンタクトを取ることができ、主催される講習会にも参加しました。最終的には師匠と仰ぐようになりました。師匠からは、さまざまなアドバイスをいただきましたが、焙煎温度の記録を取る必要性を強く説かれました。この指摘は現在も非常に役立っており感謝しています。記録を残すこと―それは、焙煎に対する明確な指針となりました。

 師匠を得て、さらなる高みを目指そうと思い描いていた矢先、勤めていた店が閉店することになりました。はしごは本当に外されました。やれやれです。

 ただ、すでに焙煎の魅力にどっぷり漬かっていた私は、外されたはしごを自分の力で架けるため、自前で大きな焙煎器を購入することを決意し、焙煎という舞台に残ることにしました。

 しかしながら、実際に自分の店を開くまでには、想像以上の長く険しい道が待っていました。もちろん、そのときは知る由もありません。ただただ、「マイ焙煎器」が持てることに、ウキウキしていました。

 それ以降のことは次回に譲りたい、と思います。

 さて、今回もおいしいコーヒー豆をご紹介しましょう。

【Quadrifoglioの今月のオススメ】

 優しくバランスの良いコーヒー「パナマボケテ地区産、SHBティピカ100% ベルリナ農園 ハイロースト」です。

 アラビカ種の中で最も原種に近いと言われているティピカ種で、良質の香りと酸味を持つ生豆を柔らかくソフトに仕上げました。優しく甘い香りとフルーティーな柔らかい酸味、少しナッティーな風味と共に訪れる甘い余韻がソフトなマウスフィールとバランスの良い味わいが特徴です。口に含むと明確な存在感を感じます。ホッとするひと時に、リッチな気分で味わっていただきたい一品です。

パナマボケテ地区産、SHBティピカ100% ベルリナ農園 ハイロースト

【筆者略歴】

山口義夫(やまぐち・よしお) Quadrifoglio(京都市下京区西七条北東野町27-2、電話075-311-6781)経営。http://www.quadrifoglio-coffee.com/

あなたにおススメの記事

あわせて読みたい

関連記事

ビジネス

地域

政治・国際

スポーツ

株式会社共同通信社